忠犬ハツ恋
慣れた手つきでコーヒーメーカーを扱いながらその人は静かに呟く。

「悪かったな…、ずっと待たせて。」

私はコーヒーメーカーから1番近い位置の椅子に座り檜山君を穴が空く程見つめていた。

「…あまり見るなよ。」

「本当に本当に檜山君?」

だって"檜山君が帰国する"なんて光太郎お兄さんもサクラさんも荒木先生も一言も言ってなかった。

「俺が俺じゃなきゃ誰だってんだよ。」

「だって感動の再会ってこう…涙に暮れて…。」

「お前な、それテレビの見過ぎだろ?
感動の再会のドキュメンタリー番組とかあれ殆どヤラセだからな。
兄貴は"ヨォ!"って感じで全くもってあっさりしたモンだったぞ。」

檜山君はそうやって右手を軽く上げるとお兄さんとの再会シーンを再現した。

「ほら、飲め。」

それでもまだ実感が湧かず、口を開けて檜山君を眺めている私の前に一杯のコーヒーが置かれた。
そのコーヒーには何やら描かれているがモヤモヤしていて何の絵か分からない。

「………これ…何?」

「お前のリクエストだろ?ハートだよ!」

「ちょっと待って。これはハートじゃないでしょ?
どう見ても……何だろ?」

「ラテアートなんて久し振りなんだよ!
ずっと農園で作業してたんだから腕落ちるに決まってんだろ?」

檜山君の逆ギレに納得行かない私は膨れっ面で檜山君を見る。

「何だよ、文句あるなら飲むな!」

檜山君がコーヒーを取り上げようとするから私は慌ててそれを阻んだ。
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