空色の瞳にキスを。【番外編】
黒い帽子は姿を見せたくないから。
肌を見せないのは、傷を隠すために。
夜に身を投げるのは、人に出会いたくないから。
笑うことは、少年はもう忘れた。
***
金の瞳だけをぎらぎら光らせて、少年は暗い夜道を歩いていた。
幼さを残した頬を月光が青白く照らし出し、彼を不気味な化け物へと演出する。まだ伸び盛りの小さな背丈に大人物を着たって、所詮子供は子供。くたびれた黒いコートと洒落っ気の無い革のブーツは子供には似合わない。路地裏をそっと辿る度、裾が揺れる。
路地裏を辿る小さな背中に、突然鉄パイプが振り下ろされた。青白い光の中で少年は細い路地裏とは思えぬ早さでそれを躱した。くるりと宙で一回転した子供は、近くにあった窓枠へとひらりと飛び乗った。棒切れを持った人間の攻撃はそこまで届かない。
「………お前、誰。」
少年らしい幼い声は、冷たさを含んでいる。建物が作る夜影から一歩出てきた男を、子供は冷ややかに見下ろした。
化物の眼は夜の闇を見通す。
男の枯草色の髪は夜に混ざって灰茶に、茶色のきつい瞳はより黒に近い。強い瞳が印象的な屈強な男だった。綺麗ななりとは言えないものの、暮らしには困っている風体ではなく、しっかりとした服装をしている。
淡い月光の下で正々堂々と男は名乗った。
「俺はルオー。狩人狩りのルオーに聞き覚えはねぇか?」
すうと細められた少年の瞳は、記憶の中の指名手配の一覧を漁る。名には心当たりがあって、ふっと顔を上げて目を見開いた。その反応は僅かな動作だったから多分夜が隠しただろうが、反応を見計らったように男の言葉が続いた。
「お前、首狩りの黒猫だろう?」
己の通り名に、僅かに足を突っ張った。
黒猫の通り名の由来は、簡単だ。少年が深く被るフードの中にある大きな黒い猫の耳、金に輝く獣のような目だ。
首狩りと呼ばれる今の仕事も、そこで付いた通り名も、確かに慣れた筈なのに。
汚れた身を証明するような侮蔑と恐怖の入り交じったその四つの音に、少年は時々胸騒ぎを覚える。
「そうだろう?」
また問われて、やっと初春の肌寒い空気に固まった筋肉を解した。
月光を背中に頷いて見せたのだが、目の前の若い屈強な男は苛々したようにもう一度答えを急かした。そこでやっとああそうかと自分らしくない失念に気付く。世界は闇色。か細い月光は幼い少年の目の助けにはなろうとも、目の前の大男の助けにはならない。
「そうだ。」
答えた少年には己は見えないと安心しているのか、男は日の下で大っぴらにできない下卑た笑いを滲ませた。その顔をまともに見た子供はしかめ面に加え眼光の鋭さを強めた。
肌を見せないのは、傷を隠すために。
夜に身を投げるのは、人に出会いたくないから。
笑うことは、少年はもう忘れた。
***
金の瞳だけをぎらぎら光らせて、少年は暗い夜道を歩いていた。
幼さを残した頬を月光が青白く照らし出し、彼を不気味な化け物へと演出する。まだ伸び盛りの小さな背丈に大人物を着たって、所詮子供は子供。くたびれた黒いコートと洒落っ気の無い革のブーツは子供には似合わない。路地裏をそっと辿る度、裾が揺れる。
路地裏を辿る小さな背中に、突然鉄パイプが振り下ろされた。青白い光の中で少年は細い路地裏とは思えぬ早さでそれを躱した。くるりと宙で一回転した子供は、近くにあった窓枠へとひらりと飛び乗った。棒切れを持った人間の攻撃はそこまで届かない。
「………お前、誰。」
少年らしい幼い声は、冷たさを含んでいる。建物が作る夜影から一歩出てきた男を、子供は冷ややかに見下ろした。
化物の眼は夜の闇を見通す。
男の枯草色の髪は夜に混ざって灰茶に、茶色のきつい瞳はより黒に近い。強い瞳が印象的な屈強な男だった。綺麗ななりとは言えないものの、暮らしには困っている風体ではなく、しっかりとした服装をしている。
淡い月光の下で正々堂々と男は名乗った。
「俺はルオー。狩人狩りのルオーに聞き覚えはねぇか?」
すうと細められた少年の瞳は、記憶の中の指名手配の一覧を漁る。名には心当たりがあって、ふっと顔を上げて目を見開いた。その反応は僅かな動作だったから多分夜が隠しただろうが、反応を見計らったように男の言葉が続いた。
「お前、首狩りの黒猫だろう?」
己の通り名に、僅かに足を突っ張った。
黒猫の通り名の由来は、簡単だ。少年が深く被るフードの中にある大きな黒い猫の耳、金に輝く獣のような目だ。
首狩りと呼ばれる今の仕事も、そこで付いた通り名も、確かに慣れた筈なのに。
汚れた身を証明するような侮蔑と恐怖の入り交じったその四つの音に、少年は時々胸騒ぎを覚える。
「そうだろう?」
また問われて、やっと初春の肌寒い空気に固まった筋肉を解した。
月光を背中に頷いて見せたのだが、目の前の若い屈強な男は苛々したようにもう一度答えを急かした。そこでやっとああそうかと自分らしくない失念に気付く。世界は闇色。か細い月光は幼い少年の目の助けにはなろうとも、目の前の大男の助けにはならない。
「そうだ。」
答えた少年には己は見えないと安心しているのか、男は日の下で大っぴらにできない下卑た笑いを滲ませた。その顔をまともに見た子供はしかめ面に加え眼光の鋭さを強めた。