空色の瞳にキスを。【番外編】
 驚いたルオーが急いで顔を上げると、向かいの背の高い建物の屋根に人が立っていた。

 月明かりが逆光となって、凡人には顔立ちまでは見えない。けれど月夜に申し訳程度に照らされる服の雰囲気や男より少し高い声、背中までの長い髪は、それが女だと示唆していた。風に揺れた長い髪は、月に染まって栗色をくすませ灰金色に見せた。金の耳がぴょこんと可愛らしく動くのが少年の目に映ったが、男にはそれまで見えているかは分からない。

「何かやらかしそうだから、倒しちゃったわ。」

 邪気なく笑うその声は、男には逆に恐ろしく聞こえているはずだ。少年と変わらぬ年端の少女は、短剣を鞘から半分ほど抜き、月明かりに当てて見せた。そういえばと、剣も使えたことを思い出した。

「……は?四十はいただろうが……。」

 負けを今更じわじわ感じてきたらしい男の口調は弱々しい。男の視線が揺れた。

「改造人間、舐めるんじゃないわよ。」

 魔術に人生を狂わされた人間の危うい瞳にまた、男の視線が揺らいだ。彼女の声音の耳触りの違いに、男は怯えが走った。進まない会話に面倒臭くなったルグィンはため息をついて同僚を見上げた。

「スズラン、倒したやつらはどうした?」

「ナコが片付け部隊を呼びに行っていたわよ。もうそろそろ帰ってくるんじゃないかしら。」

「ちょっと待て、そいつスズラン?タチカワ家令嬢で改造人間の……。」

 狩人が喋る文が些か可笑しいが、少女はくすりと笑って答えた。

「はじめまして、ルオーさん。
そうよ。私はタチカワ・スズラン。」

 笑顔で小首をかしげているが、目が笑っていなかった。耳が鋭くピンと張られ鋭く尖っている。少女は元貴族だと言われることが嫌いなのだ。
 機嫌が悪い仕草を節々に見た黒猫は内心呆れて。気圧されたルオーが言葉を失いたじろぐ様子も見えたから、ルグィンは話を取り戻す。

「それで、その四十人は殺したのか。」

 聞きかけたが、びくりと肩を震わせた獅子の反応にルグィンの口から溜め息が零れてしまう。
 なにかに怒ったナコを彼女が宥め切れず、小さいのが暴れまわっている様子が容易に目に浮かんだ。

「だって、ナコが……。」
「ナコの操縦くらいしろ。」

 金の瞳が呆れたように伏せられる様を、スズランは見下ろし声を絞り出した。

「……頑張ります。」

 空気が緩く解れて、二人もわずかに緊張感を無くす。二人の会話を聞いていた男だったが、彼らの声音の変化にそっと後ずさりを始めて、遂に駆け出した。瞬時に動いたのは彼女だった。
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