夢の結婚 ……
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真二はいつしかまた一人になった。




幼い時の記憶はいつしかその人間の大ま

かな性格を知らずの内に作ると言う。



本人が意識しない内に辛い出来事と言う

ものは人を荒ませる。



真二は荒んでいった。

何が自分をそうさせるのかわからない

が、全てが憎かった。



……ただ…真二の宝物。


由美子にもらったこのキーホルダーを眺

めているときだけは、少しだけ寂しい気持

ちも和らぐような気がした。






----神奈川県中区寿町

ここには昔から在日朝鮮人が多く、俗に

ドヤ街と呼ばれる地域がある。


ここにはその日暮らしをしながら、生計

を経てるような、日雇い労働者が多くい

る。


世間では底辺と呼ばれるような人種が集

まっている場所だ。



中には住民票など登録もされてないよう

な者もいて、日銭をそのままパチンコなど

ギャンブルに費やし、借金を重ねる者も腐

るほどいる。


金貸しなどヤクザな仕事もここでは立派

な仕事の一つだ。


「真人! あのバカ共から早いとこ回収

してこいっ!」




「…はい。 高橋のオジキ。」




--真人こと、 矢野 真二は4歳になる

頃、母親が自殺し、その後母方の姉夫婦に

引き取られたが、そこでも面倒だと施設に

送られた。



その後、荒んでいった真二は施設を出てフ

ラフラしているうちに日雇い労働者の多く

集まるこの町に居座るようになった。



そんな薄汚れた町で真二を息子のように可

愛がってくれた人がいた。



それがこの、高橋のオジキである。



今、神奈川県内ではもっとも勢力のある

蜷川会の二次団体で相愛会五代目組長

高橋 宗一郎は現在、この寿町で幅を利か

せる高橋一家の組長である。



高橋はこの町で宿屋、金貸し、ヤミな

ど、ほぼ全てを仕切っていると言ってもい

い。



そんな高橋は真二の凄惨な過去を知

り、本当の息子にならないかと真二を誘っ

た。


真二は高橋 真人と名を変え、高橋一家の

構成員としてここ、ドヤ街でシノギを削る

の日々を送る事になった。





「あれか…」






--あーっっ、くっそ!! 今日もでねーよっ!!



…あそこは遠隔付いてっからダメだっつ

てんだろぉぅー!?



…うるせぇー、こないだは30万も勝って

んだ、すぐ取り返すさぁ~

それにょ、高橋のおやっさんとこならま

た貸してくれるしよ!! 俺ら古株には良くし

てくれんだぁ~




ドヤ街の片隅には50を越えた年頃の

汚ならしいオヤジ2人組が上半身裸でワンカップを飲んでいる。





…やまちゃんょぉー、またあそこから借

りてんのか。

…最近、ほら、よっちゃん見ねぇーだ

ろ?


高橋一家の若いもんがヤミに引っ張っ

て、どっかでおっ死んだって話だ。

…もう、昔とは違うんだ。

あんまりあそことは関わらん方がいぃ。




そんなオヤジ共はパチンコの話で盛り上

がっていたが、こちらの姿を視界に捉える

と、訝しげに真人を見た。





「…あんたが、山田さんか。」




「んぁ! ? あんだ、お前ぇーは…

ここはお前みたいな小僧が遊ぶとこなん

てねーぞぉ…」






真人は上下黒の開襟シャツに革のパンツ

といった、ここには似つかわしくない出で

立ちで、オヤジ共を見下ろしていた。



「…高橋一家の者だ……山田さん、わか

りますよね…。」




「お、おいっ!! …やまちゃんっ!

さっき言ってた若いやつって…」


「んぁ !?」



「だぁからっ!! ほら、よっちゃんがいな

くなったっていったろうっ!! …」



「…っ ?! いゃ、ちょっと…!ちょっと

待ってくれ!! な!?


今日は勝てるんだ!! そしたら、すぐ返す

からさ!! な、兄ちゃんならわかるだろ?

な!? 」





やまちゃんと呼ばれるそのオヤジは自分

の借金を先伸ばしにしようと、

先ほどからしきりに真人に声をかけ

て、仲間に引き入れようとしている。



しかし、真人はその言葉にはまるで興味

がないと言った表情でその男を引きずり、

歩き出した。



「…俺も一緒なのか…こいつらと…」







---今にも倒れそうなビルの隙間から生

暖かい風が頬を撫でる。



真人は今日もいつものように組の仕事を

ひとしきり済ませると、廃ビルの屋上で汚

れたサッカーボールのキーホルダーを眺め

ていた。






「……?」


ふと、真人は屋上から寂れた商店街の一

角に目を留めた。



今にも傾きそうなビルの裏階段、その影

には1人の女がなにやら2人の男達と揉めて

いるようだ。



この辺りで女を見ることはない。

この地域一帯は最早、国も知りながら見

て見ぬふりをするほど治安が悪いからだ。



宿屋などでは女性厳禁として経営してい

るところしかない。


前に一度、40過ぎの女をこっそり泊めた

宿屋があったのだが、室内でいつの間に暴

漢に襲われたという事があった。


その始末をつけたのも真人だったが。




真人は気が進まないも、この辺り一帯を

仕切る者として仕方無く屋上から階段を

降りると、先程揉めていた場所に向かっ

た。






---


「…お前らと同類なんて御免だ…。」




真人はなにやら言い合う3人に向けて静

かに言い放った。




「んぁ?」 「あ?」



その声を聞き、どうやら日雇いの作業員

らしき男達は女を掴む手を止め、同時に振

り返った。




片方の角刈りの男は外での労働のせいか

肌は浅黒く、がたいがいいというのが黄ば

んだTシャツから出る腕を見てすぐわかる。



もう1人の方はボンタンのような作業ズ

ボンを履き、自分で染めたであろう茶髪と

も金髪とも言えないような髪色の小柄な男

だ。



……組のやつらじゃないな…



そんな事を思いながら、真人は男達のイ

ラついた視線を真っ向から受ける。



「…この辺で争いは困る。…消えてくれ」



「ぁあ!?」

「…ガキが、こんなとこになんの用だ?」



金髪の方が声を上げるのと同時に、角刈

りのガタイのいい方の男は低い声で真人に

凄んだ。



「高橋一家だ。…この辺を任されてる。

悪いが、他でやってくれ。」


「っんだとぉ?!」


金髪の方がやはり先にイラつきを押さえ

きれず真人に掴みかかった。

……と思われた。



真人は伸びてくる金髪の右手首をサッと

掴むと、それを捻り上げながら軽く前身に

体重かけた。


それと同時に金髪の右足を軽く払う。



金髪は気付いた頃には舗装されていない

コンクリートに背中を打ち付け悶えてい

た。



「ぅ…ぁ…はっ、ふっ…はっ…」



何が起きたのかと一瞬身体が動かなかっ

た角刈りだが、それ以上何もしてこない真

人を見るや、怒りを露にした。


「て…てめぇ、…ガキのチンピラが調子に

乗んなよっ…!!」



角刈りは足早にこちらへ近づくと、右手

で真人の顔面めがけ殴りかかって来た。



この威圧に負けて一瞬でも目を瞑れ

ば、どんなに大振りのパンチでも当たるの

は確実だ。


真人はその辺りをよく分かっていた。

一発もらえば、相手を図に乗らせる。



しかし、一発決めれば大抵それで終わり

だ…と。



真人は角刈りの大振りパンチの軌道を見

極め、バックステップで交わしながら角刈

りの右側に回り込む。


大振りパンチが振り抜かれる瞬間、がら

空きになった角刈りの顎下めがけ、右スト

レートを放った。



角刈りの男は膝を落とし、その場に崩れ

落ちた。



人間の身体には鍛えようがない場所があ

くつもある。

顎下などは一方から衝撃を加えると、瞬

間的に三半規管が揺らされ、平行感覚がと

れなくなるのだ。



大抵の体格差はこういったものとは関係

がない。


真人は何事もなかったかのような表情で

、誰に向かって言うでもなく口を開いた。



「…組のシマで暴れないでくれ。」



真人が冷たく言い放つと、金髪は逃げる

ようにして1人走り去った。


角刈りの方はまだ動けないようだった。




ふと、真人が目を向けるとそこには

栗色の髪を後ろで1つに結び、デニムの

ショートパンツをはいた真人と年の差もな

いであろう女が疲れた顔で立っていた。


真人はとりあえず、問題の女の腕を引い

てその場を後にした。










-- 「…いたい、いたい!!」



その女は喚きながら、真人の手を振り

払った。


「痛いなぁ、もぅ! …でもありがと。

助けてくれて…」


「あんた、ここで何してる?

…ここは女が1人でうろつくようなと

こじゃない。」



「…こんなとこで会えるなんてね。

絡まれて…ある意味よかった…かも。

高橋一家で若頭かぁ…。」



「……あんた一体…?」



「私は情報屋やってるの。

今日は、その、たまたま用があっ

て…」




「へぇ…そうか。あんまり1人でこの辺

歩くなよ。」




「うん…ありがと。

なんかお礼でもしたいし… どう?

お茶でも……ぷっ …古いかっ♪」




「…遠慮しておくよ、まだ仕事が残って

る。」



「そっか…。

それは残念っ! ま、お礼もあるし、なん

か知りたい事でもあったらいつでも連絡し

て。

私、真紀。これ、私の連絡先ね。」




そう言うと、情報屋の女は紙切れに携帯

の番号をその場で書いて真人に渡すと、踵

を返して去ろうとした。




「…なぁ、……」

「ん…? …なぁに? 気が変わった♪? 」


真紀は真人をからかうように笑って言っ

た。




「…由美子……相良 由美子って言う

子…探せるか…?」



真人は俯きながらそう呟いた。
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