蝶々、ひらり。
「有紀」
俺の呼びかけに彼女は反応しなかった。
彼女はここから見える遠くの木陰を凝視している。
そこに、坂上の後ろ姿が見えた。
なんでこんなところにいるんだよ。
八つ当たりのようなことを思い、自然に舌打ちが出た。
有紀はそんな俺を不思議そうに見た後、毅然と立ち上がった。
「大輔。私、行ってくる」
驚いて声も出せなかった。
いつの間にそんな強さを身に付けた?
俺たちはいつだって同じ迷いを抱えながら、それでも曖昧さというぬるま湯につかって満足していたはずなのに。
一人で先に抜けだそうっていうのか。
立ち上がった彼女のフレアースカートが風に舞った。
飛び立つ蝶のようだと、ぼんやり思う。
彼女は飛ぶんだ。俺を置いて。
もう俺のもとには止まらない。
自分の求める花の上に止まるために行くんだ。
小さくなっていく有紀の背中を見つめながら、俺は後悔していた。
あんなに側にいたのに、俺は何をしてきたんだ。
こんなに大切なら、もっと早くに気持ちを伝えるべきだったのに。