蝶々、ひらり。
ところが、坂上まであと二メートルほどの距離で有紀の動きが突然止まった。
俺は不審に思いながら近づき、泣きそうな顔をした彼女の視線の先を辿る。
木陰にいたのは坂上だけじゃなかった。
彼に重なるように細身の女の子がいる。別れたという噂の彼女だ。
坂上は、彼女を全てのものから見えないように背中で隠すようにしながら抱きしめていた。
爪先立ちした彼女の足元が揺らぐ。キスしているのだろうということは、遠目でもわかった。
告白しようと思った相手のキスシーンを見て、有紀はどう思っていたのだろう。
彼女は目は潤ませていたけど泣いてはいなかった。唇を血が出そうなほど強く噛んでいる。
俺は見ていられなくなって、手を伸ばして彼女の手を引っ張った。
彼女は何も言わず、時々もつれる足を何とかさばいて俺についてくる。
しかし動きはぎこちなく、自らの意志は感じられない。
飛び立とうとしていた蝶が、行き場を失くして戸惑っていた。
この時、俺の頭の中はこの恋の行方を決めることで精一杯だった。
坂上が何度彼女を作っても、終わらなかった有紀の恋。
冷静になってこのショックから抜け出せば、彼女はまたアイツを思い続けるかもしれない。
今しかない。
今しか、俺がこの恋を手に入れるタイミングはない。