僕と御主人(マスター)の優雅な日常
お疲れですか?


御主人(マスター)は綺麗だ。僕が今まで見たことがあるどんな人間よりも美しい。え? 褒めすぎじゃないかって? そもそも御主人(マスター)って男じゃないか、だって? もはや性別なんて通り越した美しさなんだ。

男性なのに日傘なんて持ち歩いて使うから、色白の肌で。目は二重なのに切れ長というか、鋭さをたたえている。鼻筋はとおっていて、唇は薄くて、細面の輪郭を縁取る黒髪はやや長めで・・・とりあえず簡単にまとめると、美しい。この一言に尽きる。

そんな御主人(マスター)は、現在22歳。立派な社会人で仕事もしている。ロシュジャクラン家の御子息として、それはもう立派に務めていらっしゃる。


「御主人(マスター)、お時間です」

「ああ。行くぞ」

本日の予定はロシュジャクラン家の統括地であるヴァンデでの会議。あの日僕を従者にしてから、御主人(マスター)は頻繁に公の舞台に立つようになった。図書館には歩いていく御主人(マスター)も、ヴァンデの会議場までは馬車で移動する。恐れ多いことだが、従者の身である僕も同席させていただいている。

「暑くなってまいりましたね」

「そうだな」

「紅茶はいかがですか?」

「・・・頼む」

御主人(マスター)のためにダージリンを用意してきていた。アイスでも茶葉本来のもつ旨みと香りを味わえるのがダージリンの特徴だ。

「ふむ・・・ダージリンか」

鼻がいい御主人(マスター)には、言わなくてもどの茶葉か悟られてしまう。

「はい、どうぞ」

御主人(マスター)の喉が動いて、ダージリンが飲みこまれた。

「・・・冷たいな」

そりゃあもちろん。アイスティーですから! そんなことじゃなくて、味の感想が聞きたい。昨日よりも今日、今日よりも明日と上達していきたいんだから。

「いいんじゃないか? 次はセカンドフラッシュで頼む」

セカンドフラッシュ、とはなんぞや。そういう名前の茶葉があるのだろうか? 一年もロシュジャクラン家に仕えていて毎日勉強しているが、そんな名前の茶葉は・・・。

「ダージリンには、ダージリン・ファーストフラッシュ(春摘み)、ダージリン・セカンドフラッシュ(夏摘み)、そしてダージリン・オータムナル(秋摘み)の三種類があるんだ」

そんなこと初めて聞いた。僕が今御主人(マスター)に淹れてさしあげたのは、どれなのだろう? 考えているいるといつの間にか揺れがおさまり、ヴァンデの会議場についていた。





「今日の議題は、ヴァンデの祭りに関する予算について」

御主人(マスター)の声は低くて落ち着いていて、それでいて迫力がある。こうやって会議をまとめる姿はかっこいい。予算については市民の関心が高く、なかなか議案がまとまらない。そんなときも焦らず冷静に対応する御主人(マスター)は、やはり憧れでもある。




「これで議案を可決する」

この声がかかるまで、今日は四時間かかった。御主人(マスター)がいなかったら、たぶんあと三時間ぐらいはかかったかもしれない。

「御主人(マスター)」

「・・・待たせたな」

声に疲れが感じられた。

「いえ・・・。お疲れですか?」

「そうかもしれんな。今日は長丁場だった」

御主人(マスター)が珍しく疲れを認めるから僕はびっくりした。いつもなら、そんなはずないだろうと鼻で笑われるのに。

「家に着きましたら、ハーブティーを淹れます」

「よく勉強してるんだな」

そう言って頭をひとなでされた。ドキドキと心臓がうるさい。御主人(マスター)が急にそんなことするからだ。

「僕は御主人(マスター)の従者ですから」

「そうだな」

このひとときを大切にしたい。ずっと。


【End】

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