僕と御主人(マスター)の優雅な日常
ご試着しますか?
「セド、ちょっと来い」
「はい」
急に御主人(マスター)に呼ばれて、なんだろうと思いながら近付いた。
「どれがいい?」
御主人(マスター)の指先を追うと、そこには洋服のパンフレットがあった。普段御主人(マスター)が来ているような、シンプルだけど高級感溢れるデザインの洋服たちが並んでいる。
この場合、きっとどれが御主人(マスター)に似合うか答えて欲しいという要望なのだろう。
「えーっと・・・こちらの濃紺のデザインは落ち着いた御主人(マスター)の雰囲気にぴったりだと思いますよ」
「・・・なるほど」
そう言ったきり御主人(マスター)は動かない。指を顎に当て、思案げにパンフレットを見つめている。
「あ、ですが、こちらの深緑はお持ちでない色なので、新しくていいかもしれません」
「・・・なるほど」
「でも、こちらの黒はたくさんお持ちの色ですが、デザインがお洒落だと思います」
「・・・なるほど」
もう!さっきから「なるほど」だけじゃあ、なんにも伝わってこない! 御主人(マスター)は何を求めているんだ?
「では、この濃紺と深緑と黒を持って来させよう」
あれ? それでよかったの? それなら僕は失礼しようと一歩踏み出す。すると、御主人(マスター)が僕の左手を握り引き止めた。
「待て。・・・どこへ行く?」
「いえ、次の仕事をしようかと・・・」
「セドにもいてもらわねば困る」
何故? やはり御主人(マスター)は説明不足だ。電話をかけて誰かに「すぐに来るように」などと言っているが、僕がここに残る理由にはならない。文句を言ってやろうと思ったら、ノックの音が聞こえた。
「入れ」
「失礼いたします。お持ちいたしました」
40代ぐらいの恰幅のよい女性が、なにやら従業員と思わしき人を2人連れて部屋に入ってきた。1人の人は、さっき僕が言った3着を。もう1人の人は、数え切れないほどの服がかかった業務用の洋服掛けを運んでいる。どういうこと?
「その中から3着選ぶ」
「かしこまりました」
え? なにをかしこまったの? 僕には話が全然見えないよ? ・・・僕が言ったあの3着はどうやら購入決定のようだ。
「そこに立って」
御主人(マスター)に促されるままに僕は業務用の洋服掛けの近くに立たされた。
「素早く頼む」
御主人(マスター)の頼みに頷いた恰幅のよい女性は、従業員とバケツリレーならぬ洋服リレーを始めた。はいっ、はいっ、リズムよく渡された洋服の行き先は・・・僕!?
たくさんの洋服が1着ずつあてがわれる。「だめ」、「だめ」、「次」、なんて御主人(マスター)の声に合わせて、洋服たちが裁かれていく。・・・これは、もしかして僕の洋服・・・?
「だめ」、「次」、「惜しいな」、御主人(マスター)が気に入る洋服があるのか心配になったとき、「それだな」という声が聞こえた。見てみれば、水色の動きやすそうな洋服だった。・・・心なしか、すこし可愛らしいデザイン。可愛いものを愛でる心は置いてきたはずなのに、僕の性は勝手に喜んでいる。
「セドの髪はクリーム色だからな。水色は似合う。あと2着選ぶぞ」
「え!」
その後も御主人(マスター)が気に入る服が見つかるまで僕は立たされた。
御主人(マスター)はわかっているのかもしれない。僕の捨てきれない願望を。こうやって洋服屋を呼んだのも、僕を思いやってのことなんだ。わかりにくいけれど、確かにあたたかい、御主人(マスター)の優しさ。
【End】