やっぱり、無理。
はあ・・・。
たまんねぇ・・・。
俺はまりあをギュッと抱きしめて、そんな気持ちになった――
経済学部の東野は、俺の恩師である東野名誉教授の孫で。
6年前、留学先から戻って東野教授の家に挨拶に行った時にはじめて会ったらしいが、俺としちゃまったく覚えていない。
丁度その頃、まりあの家庭教師をすることになって、ドンドンまりあにハマっていっていた俺は。
他の女・・・特に、高校生のガキなんざ目に入るわけもなく。
今、そういえばその頃、東野教授から孫の家庭教師をしてほしいと言われたことをああそうかと思い出すくらいで。
もちろん、まりあに夢中になっていた俺はまりあと会う時間が減るし他のガキの相手なんかしたくないから、速攻で断っていた。
そして、2年後。
東野名誉教授の古稀の祝いに駆け付けた時。
当時、高3だった東野に積極的なアプローチを受け、その存在に気が付いた。
はっきり言って、全くタイプじゃねぇ。
自分を可愛く見せようとする仕草もわざとらしくて。
顔も、スタイルも・・・その甘ったるい喋り方さえ、気に入らなかった。
まりあと同い年だが、正反対のタイプだ。
自分を作りたててする会話も、つまんねぇし。
つうか、こんなつまんねぇ女と話をするのさえ面倒で、うんざりしたというその時の印象だけが残っている。
で、まあその時は上手くかわしたんだけど、大学は学部こそ違ったがうちの大学に入ってきやがった。
まあ、じいさんが名誉教授だからというのもあるだろうが。
幸いなことに、うちの学部は落ちたらしく経済学部に入り、東野とはあまり接点はなかった。
たまに、カフェや図書館、駐車場で会ったりしたが、それも偶然を装ってのことだったんだろうと冷めた気持ちで見ていたが。
恩師の孫だから無下にもできず、挨拶程度は交わしていた。
そして、先々月。
卒業後NYに留学することになったから孫の相談にのってやってくれと、直々に東野名誉教授から頭を下げられた。
そんな頼まれ方をされたら、無下にもできず。
仕方がなく、週に1度1時間と決めて、研究室に訪ねてくる東野の話をきいてやっていた。
東野の気持ちは察していたので、もちろん1時間限り。
研究室のドアは開けたまま。
プライベートな話をしようとする東野の話を勉強と留学の話にもっていき。
周知の事実であるまりあの存在を再確認させるため、研究室にはまりあのカーディガンやマグカップ、ひざ掛け・・・去年2人で旅行した時のツーショットの写真を堂々とおいておいた。
にもかかわらずこのところ、東野は約束した終了時間になっても帰ろうとせず、夕飯に誘うしつこさでさすがの俺も辟易していて。
だから昨日は先手を打って、東野に帰ってもらう時間くらいにまりあを部屋に呼んでいた。
まあ結果、それが裏目にでたのだが・・・。
そろそろ約束があり彼女が来るから今日はこれくらいにしてくれと言うと、いきなり東野が立ち上がった。
計算だったんだろうが、そのはずみでふたが開いたままだったペットボトルが倒れ、床にお茶がこぼれた。
ドンくせぇ、そう思って、慌てて持っていたタオルで床を拭く東野を黙って見ていたら。
チン、というエレベーターが到着する音が聞こえてきて、まりあが来たんだとそちらへ一瞬気がそれた。
で、その時。
いきなり、東野が自分の唇を俺の唇にくっつけてきて――
まりあが、それを見て。
無理とか、別れるとか、言い捨てて飛び出していきやがった。