やっぱり、無理。
お昼前、出かけると言って連れ出された先は、高楼出版社の隣の蕎麦屋。
ってことは、ここで昼食をとってから、打合せと言う事だろう。
私は山菜蕎麦を、ジローはかつ丼とざるそばの大盛りを注文した。
って・・・朝もあんなに食べたのに、またこんなに栄養をつけてどうするんだろう・・・。
・・・・・いや、聞くまい。
絶対に、スケベな返答しか返ってこないだろうし。
私は小さく身震いをして、そっと、痛む腰をさすった。
ジローは研究者としてはまだ若いが、学会ではかなり注目されている学者だ。
本当に勝手で、俺様なジローではあるが。
それを裏返すと、発想が自由で細かい事にはこだわらない、物事を全体でとらえる大らかさが彼の研究に効果をもたらしているのだと思う。
出会ってからずっと側でジローに英語を習い、仕事のフォローを自然とするようになってつくづく思う事だ。
だから、そんな発想豊かなジローに、論文や翻訳も依頼が多く。
特に懇意にしている高楼出版社からの仕事は多い。
多分面倒くさがりのジローの事だから、何社も付き合うの嫌なだけなのだと思うけれど。
そこへ、高楼出版社の担当の塩崎さんがやって来た。
「あ、山岸先生。やっぱり、ここに見えましたね?俺もご一緒していいですか?北島さんも、今日もドキドキするくらい、美しいですねー。今度よかったら、食事でもどうですかー?」
アラサーの塩崎さんは、歳のわりにチャラい。
それをのぞけば、仕事熱心でいいのだけれど。
ふざけて私の隣に座ろうとした塩崎さんに、ジローが物凄い睨みを利かせた。
冗談なのに、毎回マジで凄むから塩崎さんも面白がるのに。
恐ぇぇ、とおどけながら震えるふりをする塩崎さんにため息をつきながら、仕方が無く不機嫌なジローの隣の席に私は移動した。
すかさず、ジローが私の手を掴むように、握る。
「はあ~、山岸先生、相変わらず、北島さんラブっすねぇ~。」
からかい口調の塩崎さんに、ジローは平然と答える。
「俺のモンだっつうのに、いつまでたってもわかんねぇアホがいるからな?いいか?触るな、見るな、匂いを嗅ぐな、近づくな。じゃねぇと、潰すぞ?」
「・・・・。」
流石の塩崎さんも、レスラー並みの迫力のあるジローにそんな威嚇をされ、無言になった。
てゆうか、勘弁してほしい。
何、その禁止項目・・・。
元々声が大きくて野太いから、店の隅々まで今の言葉が響き渡っていて。
恥ずかしすぎる。
思いっきり、見られてるし。
でも、どうせ文句を言っても、かまわねぇって言われるのがオチだから、もういわないけれど・・・ジローは昔から羞恥心なんてなくて、強引だし。