やっぱり、無理。
上がった口角。
そして、熱をもった茶色い瞳が、視線で私の唇を厭らしくなぞる。
それだけで。
ゾクリ、とさせられる。
こんな官能的な芸当ができる男なんて、私が知る限り。
ジローだけ・・・。
「何なの、って。キスだけど?」
ジローのペースにのまれないように私は必死で冷めた表情を装い、つかまれていた腕を振り払った。
そして。
そんな抵抗を見せた私をものともせず。
たっぷりと視線で私の唇を堪能した後、片眉を上げ、ジローは不敵に笑って見せた。
その、余裕が憎たらしい。
だから。
「あいにく、別れた男とキスする趣味なんて、ないわ。」
そう言い捨てて、かすかに震える唇をこれ見よがしに拭って見せた。
その途端、唇を拭っていた手が再び掴まれ。
体をジローの方に、強引に引き寄せられた。
「だから、別れてねぇっつってんだろ。」
「浮気する男は、無理。」
「浮気なんて、してねぇだろっ。」
「手を繋いでも浮気じゃなかった?だからキ――「へぇ、懐かしい話じゃねぇか。」
だから、私の目の前でキスしたんだから、浮気だ・・・・と言葉をつづけようとしたのだけれど。
強引に言葉を横取りされ、ニヤリと嗤いやがった。
「・・・・・。」
思わずむっとして、ジローを睨みつけた。
だけど。
「あれ。キスじゃねえし。」
「はっ!?」
いやいや、どう見ても、口と口がくっついて、キスしてたじゃん。
昨日、デートの約束をしていて。
5時には終わるから、ジローの研究室に来いと言われて。
珍しく、開けっぱなしだった、研究室のドアから見えたのは。
経済学部の東野さん、とジロー。
ソファーに座っているジローの口とその横に立っている東野さんの口が。
確かにくっついてた・・・・。
それなのに・・・私の眉間のシワを見ながら不遜な態度で。
「俺の定義では、俺にとってのキスは。俺の意思をもって、惚れた女とのものじゃねぇとキスっていわねぇんだよ。」
「へぇぇ・・・じゃあ、昨日の口と口がくっついてたのは、なんて言うの?ハッ、まさか人工呼吸?」
言い訳がましいことを言うジローに嫌味を言ってやるが。
ジローは平然としたもので。
「あ?人工呼吸だって、自分の意思でやるもんだろ。んなわけねぇだろ。昨日のはそういうんじゃねぇ・・・まあ、言うなれば、蚊に刺されたようなもんだ。なのに、人の話もきかねぇで・・・別れるだの、携帯も電源落として・・・家にも帰ってねぇ・・・しかも。」
そこで、ジローは言葉を一旦切ると。
私を頭の先から足の先まで、舐めるように眺めまわした。
そう。
ねっとりとした、厭らしい目で。
だけど、その反面。
イラついた表情も見せて。