暇を持て余した諸々のあそび
4境界より
夢を見た。
人が何人も死んでいく夢だ。この大陸に渡ってからというもの、戦争による死者の増加は避けられない。
兵器によって焼き払われ、塵と化しては空に消える。なんて幻想的で残虐な光景だろう、殺人という場面を最大限に美化した結果だ。
この『視点』はどこにあるのだろう。
俺は何を見ているんだろう。
「アキース」
馴染みのない声が俺を呼んだ。
果たして親友以外に俺の名前を口にする者がどれだけいたろう。
おれは嫌悪に苛まれ重たい頭をもたげた。
「アキース」
視点は地面を這っていた。血と土が混ざりあって地獄のようにどろどろと気持ちの悪い色が足元を支え、硝煙と火薬と、死体の燃える臭いが空気を汚して肺腑の底まで降りてくる。
ああ、夢よ、はやく覚めろ。
俺をここから出してくれ。
こんな夢は見たくない。
「アキース、ね、起きて。逃げよう。」
ようやっと知った声が聞こえた。
命の恩人とも謳った我が親友。
俺に初めて生き場所を与えてくれた兄。
その男が、俺の身体を助け起こして背負うように持ち上げた。
「ロラン…」
「んー?」
どうして彼がここにいるんだろう。
視点はどこにあって、どこを写しているんだろう。
俺は一体どこにいるんだろう。
「アキ?だいじょーぶ?」
「大丈夫じゃ…ない」
「ふふ、また夢でも見てたんでしょ」
親友は俺を背中に背負いながら、ごく平和な微笑みを肩越しで見せた。
その背景には赤く咲いた業火の群れ、今にも焼けていく肉の影と地面に食いついた剣と銃器の姿。
火が燃える音と人のわめく声、遠くではまだ誰かが誰かを殺している。
これはきっといつもの夢なんだろう。
でもどうしてローラントがここにいるのか。
「しっかりして、ここは現実だよ」
ローラントは俺の困惑を悟ったかのように言った。
相変わらず優しく、およそ戦場には似合わない暖かな声。
その声を書き消そうとするかのように、激しい怒号と金具が擦れる音をたてて炎の壁の向こうから黒い甲冑をまとった男が大きな剣を持って躍り出た。
『ここは現実だよ』
俺は即座にローラントの背中から降りる。
汚らわしい泥の上に足を置くと、剣を振り上げた男の懐まで飛び出していた。
「アキだめっ!!」
止めるローラントの制止も遅く、俺は袖に仕込んでいた火薬を男の口に放り込んで強引に口を塞いだ。
仰向けに倒れて、もがく男を押さえつける。
数秒後、ひきつった悲鳴をあげる男の口から赤々とした炎が吹き出し、俺が即座に身を離すと男は体内から赤い狼に食われ、一瞬のうちに燃えカスと化した。
これが魔術ではなく現実的な化学と研究の成果だと言ったらどこの軍も俺を欲しがるだろう。
「こらアキ!無闇に人を殺すなって何度言ったらわかるんだ!」
後ろから肩を掴まれ、ぐいと振り向かされた先にはローラントの冷めた顔があった。
この男は何年かの共同生活の末、俺という自分自身もよくわかってないような複雑な思考である一人の人間の扱い方をよく解っていた。
「だって、ここにいたら殺される」
俺は言い訳めいた口調で言った。
目は反らしたが、ローラントの凍てついた刺すような視線が痛々しく貫いてくる。
「たまたま居合わせた中立の傭兵を彼らが無闇に殺すもんか」
「殺される、きっと」
「……また夢を見てるんだな。いい加減落ち着くんだ、ここは――…」
夢?
現実?
境界の薄まった俺の不安定な世界は、ただ一人の言葉を軸に生存へとすがり付いていた。
――…夢よ、はやく覚めたまえ。