暇を持て余した諸々のあそび
6ヤンデレ魔法使いと嘘つき吸血鬼②
「使い魔に吸血鬼など、高尚な魔法使い殿が聞いて呆れますぞ」
そう言って迫ってくるフードの中のひげ面を、今にもかち割ってやりたくなった。
シグマは露骨にそっぽを向いて少し伸ばした青みを帯びる髪を右手で摘まみながら、時おり嫌悪に満ちた視線をちらちらと目の前の男に向けるのだった。
その光景はまるで大人から説教されている子供とでも言ったところか。
実際シグマは、黙っていれば年相応の大人の男のようだったが、いざ口を開かせるとまるで聞き分けのない子供のようなことばかり喋るのだった。
実際には魔術師協会の中でピカイチの存在である『魔法使い』の彼がどうしてそんな風に育ってしまったのか、協会の老人方は皆揃って頭を悩ませていた。
「別に僕が誰と組もうと勝手でしょう。あなた方の中にも獰猛な魔獣を使い魔にしている連中がたくさんいる」
「使い魔にインプやゴブリンをつれて歩くのは構わない。だが吸血鬼と悪魔は別だ。奴等は人並みの知性を持っているのだぞ」
「そう、その知性は人並みです。僕の可愛い吸血鬼もそれはそれは美しく気高い言葉を喋ります」
「だから警戒すべきなのだ。奴等は文字こそ読めぬであろうが学習する力がある。もし我らの魔術を使役するほどに知性を育めば我らの協会の脅威となるのだぞ!」
シグマはぴくりと眉根を寄せた。
威厳ある男の顔をたった今ここで泣かせてみたくなり、その長い足を組み換えて固い革靴の爪先を男の腹部に叩き込んだ。
「がはっ」
醜い悲鳴とともに粘着性のある唾が吐き出される。
それを見るとシグマは、まるでゴギブリを見た女性のように嫌悪の声を上げて椅子ごと後ろへ後ずさった。
「うわぁっ、ちょっと汚いものかけないでよ」
「このっ、話の解らぬ餓鬼めっ…」
「あんたこそ、さっきから黙って聞いてれば調子にのって。何さ、まるで吸血鬼が俺たち魔術師の滅亡を望んでいるみたいな中二入った下らない敵対心剥き出しにしちゃって大人気なぁい。高尚な魔術師の一派なら吸血鬼なんて下等種族の100匹や200匹余裕で首を取れるでしょ。」
「我らは争いを起こさぬためき言っておるのだ!戦争が起きてからでは必ず死者が出るのは防げぬ!」
「馬鹿みたい。僕の可愛い吸血鬼はとっても従順で賢いから、魔法使いに逆らおうなんて考え微塵も起こさないよ。猫みたいなものだね、優しく撫でてやれば擦りよって甘えてくるし猫じゃらしをぶら下げれば喜んでじゃれてくる。僕にたいして爪を出したことなんて一度もないし、こんな馬鹿みたいな魔術師協会のことなんて興味ないみたいだ」
後半はほぼ本人の妄想と捏造が混ざっていたが、シグマは我が家で主人の帰りを待っているであろう可愛い使い魔のことを思い出してうっとりと目を閉じた。
現実さえ見なければ、ミクルはいつだってシグマの目蓋の奥にいる。
「そういうわけであんたたちの話は却下だ。使い魔に汚ならしい犬っころなんて僕はごめんだね。」
「シグマ!!」
「君たち忘れてるようだね、歳ばっかり積み上げて偉そうな口叩いてるけど君たちは所詮一介の魔術師、そして僕は魔法使いだ!元師匠だからと言ってでかい顔しないでほしいね!」
シグマは葡萄酒が注がれたグラスを思いきり老術師に投げつけた。
赤い液体が溢れ、まるで老人は血まみれになったかのように赤々とした滴を垂らした。
「言っておくけど、僕に内緒でミクルに何かしたら命は無いと思え。僕の出来うる最大の力を以て君たちを断罪することになるから」
それだけ言うと、シグマはくるりと踵を返して協会の会談会場から出ていった。