先回りはしたくてしてる訳じゃないんですけど!
なんだ、そんなことだったのか
とうとう今月は私の誕生日。
もう時間がない。
そして、私は諦めた。
やはり、彼からプロポーズを望むのは間違っていたのだ。
ここは、いつも通り私から言ってしまおう!
待つのはしょうに合わない。
私らしく、彼に結婚したい気持ちを伝えればいいのだ。
そう考えたら、かなり気持ちが楽になった。
それどころか、ウキウキが収まらないくらいだ。
私は仕事帰りに本屋へ立ち寄ると気に入った表紙の結婚雑誌を手に取りレジに並んだのだった。
*****
家に着くと、先に彼が帰ってきていた。
もう、色々な作戦はしなくていいので自分のしたいように彼に抱きつく。
「…なんだ。今日は遅かったな。」
「うん。ちょっと仕事切りのいいところまで終わらせたかったから。」
「ふーん。」
「ところで、何作ってくれてるの?」
彼は珍しくキッチンに立っているのだ。
彼の手料理は久しぶりなので気になる。
「見ればわかるだろ。」
「豚もやし?」
「そう。豚もやし。」
「わー!ぶったもやしっ、ぶったもやしっ!」
「なんだよ、その反応。小学生じゃあるまいし。」
「だって、嬉しいんだもーん。政孝、ありがとう。」
さらにぎゅうぎゅうと抱きついてくる彼女に政孝はまんざらでもないのだった。
******
彼女が風呂に入っている間、政孝は1人のんびりとつまみを食べながら晩酌していた。
そして、摘んだピーナッツが指から溢れ、床に落ちてしまいそれを拾うと、テーブルに立て掛けるように彼女のカバンと一緒にビニール袋に入っている雑誌に気が付いた。
彼女が買ってきたものだろうが、また置きっぱなしにしている。
仕方がない奴だなとカバンとビニール袋を持ち上げたところでビニール袋の中身が透けて見えた。
******
ふーっ。気持ち良かったー。
お風呂に入ってさっぱりしたし、気持ちもさっぱりしたし、今日は政孝襲っちゃうぞー!
うふふふっ!
と意気揚々とリビングに戻ると、彼はビールを飲みながら何かを読んでるみたいだった。
「政孝ー!ねぇ、そんなの読んでないで、ベッド行こー。早く一緒に寝ようよ?ね?」
ソファーに座っている彼に後ろから抱きついて上から彼の読んでいるものを覗き込んた瞬間私の動きも言葉も止まった。
「菜々美、結婚したいの?」
きゃー!きゃー!
なんで、どうして、なにがどうなってそれが政孝の膝の上にあるのでしょうか!
私がプロポーズするの、バレちゃうのはダメ!
絶対ダメ!
せっかくだから彼を驚かせたいし!
「それ、ね、友達が、無理やり貸してくれたの!別に私が興味あったとかそういうのじゃなくて…」
「付録もそのままだけど?これ、菜々美が、買ったんだろ。バレバレの嘘つくな。下手くそ。」
「…う。」
「結婚雑誌なんて初めて読んだけど、なかなか詳しく書いてあるもんだな。」
「そ、そうなんだね。私もまだ読んでないから分からないけど…」
「…結婚ねぇ。」
彼はそう呟くと、抱きついたままの私を振り返ってじっと見つめてきた。
「…な、何?」
「菜々美は俺と結婚したい?」
「え?あ、…えっと、」
どうしよう、どうしよう、こんなはずじゃなかったのに!
私の誕生日に彼にプロポーズする予定で、それは今日じゃなくって、もっともっと準備とか、色々してからで…
彼女の返事は即答だと思っていたのに、しどろもどろになっている彼女をみて政孝は不機嫌指数を上げていく。
「そう、俺と結婚するつもりはないんだ。」
「え?違うよ!そんなわけない!」
「じゃあ、結婚したい?」
「……。」
「そうか。じゃあ、この雑誌は没収。」
「え?え?何で?」
彼女は無意識に雑誌に手を伸ばすが政孝はスっとそれを交わす。
「菜々美は結婚する気が無いのにこれを持ってても仕方ないだろ。」
政孝の言葉にションボリして何も言い返してこない彼女をいい事に、政孝はソファーから立ち上がると寝室に向かう。
雑誌を自分の本棚にしまうと政孝はリビングに戻りまるで彼女がいないかのようにそのまま無言で洗面所に向かう。
歯を磨き終えてリビングに戻ると当然のように政孝の晩酌で飲んだ缶ビールもつまみも綺麗に片付けられていた。
寝室にいくと、小さくベッドの端で丸まっている彼女。
どうやら、拗ねているようだ。
自分がイジメたので当たり前だが、ついつい可愛くて更にイジメたくなる。
もうすぐ彼女は誕生日だし、政孝だって今年で33歳になる。彼女と自分の歳を考えてももうそろそろいいぐらいかなとは思っていたが、やはり彼女の思考回路は政孝の上を行く。
政孝としては彼女が仕事に生き甲斐を感じているのならもう少しこのまま2人で恋人としての時間を過ごすのも悪くないと思っていた。
つまり、政孝は彼女を専業主婦にさせる気満々なのだ。
だからこそ、そういうタイミングは彼女の様子を見ながら慎重にしないと、と考えている。
なのに、何なんだ。
昔からこっちの気遣いなんて気にもせずに、彼女はいつも政孝のしたいことを先にしてくる。
告白しようと2人っきりになると、彼女から先に告白されてしまったことを、政孝は思い出していた。
それはそれで嬉しかったが、男としてはかなり複雑な心境だったことを覚えている。
政孝は誰も見ていないのににやける口元を片手で押さえながらベッドへ近付き布団をめくる。
段々夜は冷える季節になってきたからか、フルリと彼女の背中が震えた。
「……菜々美。」
政孝は彼女の隣に横になると、ゆっくりと頭を撫でる。
「…イジワル。」
「………。」
政孝は無言のままで彼女の栗色の長い髪を項が見えるように頭の上へとかきあげた。
「…私の気持ち、知ってるくせに。」
そのまま吸い寄せられるかのように政孝は彼女の項に唇を這わせる。
彼女が小さな吐息を漏らすがまだ拗ねているようだ。
「私がどれだけ政孝が好きか知ってるくせに。」
「……そうだな。俺と結婚したいくらい好きなんだろ?」
「政孝とずっと一緒にいたい。」
「…うん。」
「政孝との子供は3人は欲しいって決めてるの!」
「…ふ。決まってるんだ?夫の俺の意見は?」
「訊かないもん。」
政孝はふーん。と気のないような返事をするが指は彼女のパジャマの裾から侵入して柔らかいお腹を撫でた。
彼女がビクリと反応するがまるで気にする事無く撫で続ける。
「や、やめ……っ、」
「菜々美1人じゃ、子供は作れないけど?」
「ふ……っあ!」
いつの間にかパジャマのボタンが全て外さていたことにやっと気付いた彼女が声をあげる。
「俺も、子供は多い方が賑やかでいいな。」
「…私も………っあぁ、あ」
「3人かぁ、俺頑張んなきゃなぁ。」
「…ぅん……私も、頑張るよ……っあ」
「…菜々美は、何を頑張ってくれる?」
政孝の指は彼女のお腹から胸、背中を何度もゆっくりと往復している。
「私、子育てちゃんとする…よ。家事も、頑張るし、政孝に私と結婚したこと後悔させないように精一杯奥さん頑張る…
政孝は私に何を頑張って欲しい……?」
彼女は、後ろから体中を撫でる政孝を振り返る。
その瞳は政孝にキスをせがみ、熱に浮かされるように揺れていた。
政孝は彼女の瞳に誘われるようにその唇にキスを落とす。
「……俺は……ずっと俺の傍から離れないようにして欲しい。
俺は、あまり感情豊じゃないのも分かってるし、優しい言葉を言うのも苦手だし。」
「…そうかな?…政孝…優しいよ?」
政孝は再び彼女の頭を撫でると微笑む。
「どんなに、辛いことがあっても俺から逃げないで欲しい。辛いことがあったら、俺に隠さず言って、文句もいくらでも聞くから……」
「……うん。私、文句言うよ。いっぱい言う。」
「何だそれ。俺に不満いっぱいだな。」
「不満いっぱいだよ。…ちゃんと、私に触って?撫でるだけじゃ嫌。」
彼女は、今現在の状況に不満のようだ。
「やっぱり、菜々美には敵わない。」
政孝は、幸せそうに奈々美に覆い被さるのだった。