瞳が映す景色

やがて、甘い林檎の香り漂うカバンを肩に掛け、 教室を出て行く間際、藁科が振り返った。


「先生。さっき言おうとした私の理由――」


おしまいだ。海堂もいるこんな状況で言われたら明日から職を失うと未来図を描いていたら、それはそんかことはなく、訳のわからない、だが、何故か温もりを精一杯に込めた声色で告げられた。


「――林檎」


「り、林檎?」


「はい。林檎が嫌いなところです。さようならっ」


それだけ言うと、藁科は軽やかなステップで、 頭のてっぺんで結われた長い黒髪を揺らしながら帰っていった。




「先生、すっ転んだままだぜ。林檎って何?」


何も気付かないでいてくれるのは助かるが、こうもさらりと訊かれると、少し腹立たしくも感じてしまう。


「……もう遅いから海堂も帰れ。あと……オレは林檎が大好きだっ!!」

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