瞳が映す景色
「あたし……」
言葉を続けることを不可能にさせたのは、喉元まで上がってきた嗚咽めいたもの。吐き気だろうか、別のものか。
「どうしたの?怒っちゃった?」
顔を下げることが最後の砦で、もう、あとひとつでも身体を動かしてしまえばきっと崩れ落ちてしまう。
地面を睨む視界に僅かに靄がかかる。
下を向いているせいで鼻水が垂れそうだ。でも啜ることなんて、バレてしまうから出来ない。
座っていたベンチの軋む音がして、白鳥さんが立ち上がったのを感じる。
一歩。
もう一歩と、怪訝に思ったんだろう、こちらの様子を伺いに来てくれるのを感じる。
一歩。
近付いてくる一歩に、逃げるように一歩後ずさる。
「どうしたの?」
答えられない。
「気分でも、悪い?」
そんなようなものだ。
だから、
どうかあたしを放っておいて……。
纏めたごみ袋を置いてけぼりにして逃げ出してしまおうとしたそのとき、
「小町っ!!」
ズザザッ、と。
事実、本当にズザザッと音を立てながら、お気に入りだと言っていたブーツの底が傷んでしまうのも構わずに、小さな巨人は白鳥さんとあたしの間に割り込んでくれた。その背中はとても頼もしく。
小さな巨人はあたしに振り返る。
「ヒーロー見参っ」
「っ、……菜々ぁ……」
首にあっただろうマフラーを頭に巻きつけ、夜なのにサングラスをかけながら、菜々は赤面しながらピースサインを送ってきた。