瞳が映す景色
「もうっ。今日は泊まりに行くよって約束してたでしょっ。あんまり遅いから迎えに来ちゃった。――えっ?変質者じゃない?ただのお客様っ?なら良かった。てっきりかと焦っちゃったじゃない。小町顔面蒼白だったから。もしかして体調悪い?風邪?だったら早く家帰ろっ。送ってく」
矢継ぎ早な言葉の濁流に答えられる隙間は無く。
ぎゅっと、あたしの震える腕を包んでくれる小さな掌は、パーカー越しでも体温の低さを感じられて驚く。その冷えきった、きっと手だけではない身体は、どれだけあたしを心配してくれていたんだろうと、濁流に消えた涙は再度流れそうになる。
その掌に包まれていないほうの手を重ね、菜々も同じように震えているのを知る。そうだよね。間に割り込むとか派手なこと、苦手なはず。
あたしを支えるように見上げながら、とりあえず頷いておけと菜々から小声で指示され、ようやくそれに従った。
ちょっと待っててと、ごみ袋や掃除用具を片手で豪快に掴みに行き、菜々は白鳥さんに頭を下げに行ってしまった。
「すみません。お客様に失礼なことを言ってしまいました」
菜々の登場からここまで、呆気に取られっぱなしだった白鳥さんは、謝罪に慌てることもなく、フェロモンを飛ばすような柔和な声色で、気にしていないことを口にしていた。
あたしは俯いたままでよろめく踵を踏ん張る。
やがて、
「引き留めちゃってごめん。――お大事にね」
殊更優しい声があたしの横をを通り過ぎ、白鳥さんは向かいのマンションへ帰っていった。