瞳が映す景色
焦って帰ろうとする藁科は、出口へと振り向いた際、近くのスチールラックに手をぶつけた。昨日オレを庇って怪我をした、包帯を巻いているほうの。
「っ、大丈夫かっ?」
解けた包帯がはらはらと床に流れ落ち、甲には白い湿布が顔を出す。
「周りが、大袈裟にするんです。私は密かに困ってるんです」
違うだろうに、そう言って平気そうに手を揺らす姿のなんて健気なことだろうと、他人事のように思ってしまった。いけない。引き寄せられるのは。
「……嘘つくなよ。眉毛、寄ってるぞ」
「先生。今の私に、そんなふうに優しくしてくれるんですね」
「……」
「でも、そういうところ、好きですよ」
言いたいことだけ告げると、藁科は看板候補を手にして去っていった。先手を全て打たれ、反撃は何ひとつ出来なかった。敗北感が全身を覆う。タイミングまで計られて帰られた。
酷い目にあってるのはこっちのほうだ。
なのに……
……多分、気のせいだ。
去り際に見た藁科の背中が、制服のスカートが、頭のてっぺんで結われたポニーテールの長い黒髪が、儚げに震えていたのは。
気のせいだ。
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①ー1・ポニーテールの刃~
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