瞳が映す景色
ふたつあるポケットをまた探る白鳥先生は、けれどそこから何も出てこない。
「まずは顔を洗ってきたらどうですか?」
「ん~。砂糖不使用だったからあとでいいよ。それより一筆書かなきゃね」
自分の状態をあまり気にする様子はなくて、見ているほうがその分まで受け持ってしまう。
あたしは、渡すはずだった手拭いの封を切って、日向に出ていれば大丈夫だと踏み出した白鳥先生の頭に乗せた。
「……拭いたら、返してくれればいいので。ハンカチとか持ってないんですよね」
「なんとっ!! それ正解っ」
まだ滴る雫が顔を流れていき、それが唇に到達すると、白鳥先生はそれをとても美味しそうにぺろりと舐める。
「っ!!」
「ん、どうしたの?」
「……、いえ、別に。――あれっ? ないっ」
「またまたどうしたの?」
いつの間にか、白鳥先生に書いてもらうはずだった用紙をなくしていた。炭酸水のときか、手拭いのときにでも手から抜けて飛んでいってしまったんだろう。
ただのノートを破った紙だ。けど、今ここに代わりになるものは無くて。
「紙、無くしたので次の持ってきます。あとで職員室行けば白鳥先生はいますか?」
もう、兄のせいで白鳥先生もあたしも面倒臭いことばかり。早く教室に戻ってまたお願いしよう。
「待って」
「っ」
と、したのだけど、引き留められ、振り向いた先の白鳥先生は、予想外の反応を示したんだ。
「汚しちゃったものを返すのもなんなので、これ、貰っちゃっていいかな?」
手拭いはもう水分をたくさん吸っていて、白鳥先生の首に掛けられていた。
「えっ、でも……」
「君が、横暴らしいお兄さんに苛められてもね」