瞳が映す景色
どうして今日はこうなってしまったんだろうと考える。
久しぶりに、藁科さんの名前を聞いたから?
人妻など、再会した頃から散々相談されていたから耐性がついてしまったんだろうか。
藁科さんは、少しイレギュラーで特別だったからだ。
恋愛感情なしの、同じラインにいたはずの新人に、あっという間に追い抜かされたから。あたしはまだどこかで、それを己の役目にしたかったと思ってるんだろう。
昔のあたしが、情けないって嘆いてるんだろう。
「……ごめんね」
濡れたままの髪、なるべく内側のほうを、
「……でも、大丈夫だから」
僅かに、左手で掬い取る。
「……うん。大丈夫」
右手には、工作用の鋏。
「……」
美容室で耳にするような滑らかで軽やかな音とは遠くかけ離れた雑音が、静かな部屋に響く。
「ふふっ。でも……ちょっと浅ましいかもね」
良かった。笑えてる。
ならばいいじゃないか。あちこち長さの違う髪くらい。長引くだろうと予測して、一回の行為を極最小限に留めているなんてことくらい。
美容室に行ってその髪を整えてもらうの
はよろしくない。短くされるだろうから。そしたら、さすがにこの行為は続けられない。
今日も僅かにひと掬い、あたしは、自分の髪を手に取り、纏めたりアレンジすれば誤魔化せる可能な肩口あたりに鋏を入れる。
濡れた髪のほうがゴミが散乱しなくて後片付けが楽だと、初めは分からなかった。夜中の掃除は面倒だった。
分離させられた髪を眺める。
「――うん」
あたしは、大丈夫。