瞳が映す景色
スーパーの大きなビニール袋を提げた白鳥さんは、その袋からグレープフルーツを飛び出させた。隣の女の人が可憐に追いかけて転がるそれを拾う。
乱視なら良かったと、意味不明な思考回路のまま、健康な目は一切ぶれることなく光景を凝視する。完璧死角なこの場所は、盗み見るのに支障なかった。
本当に怪談だと、いつかの会話を思い出す。
女の人は、やっぱり同じ人だった。雑貨屋、駅前で白鳥さんと一緒だった人。今日は一際見惚れる白のワンピース姿だ。肩にふんわりとした短い袖があって、そこから伸びる腕は少し赤くて日焼けしたのか。グレープフルーツを拾うと、その腕が白鳥さんのそれに絡む。
死角になったこの場所からは、やがて白鳥さんが入っていくだろう自宅マンションのエントランスも良く見えた。絡められた腕を嫌がりもせず、白鳥さんは彼女に困ったように微笑みかけ、そのまま二人でマンション内に消えていった。
……ああ。どうしていつも、こんなにタイミングが悪いんだろう。菜々は、白鳥さんの悪印象を植え付ける場面しか遭遇出来てない。
「凄く、優しいところも、たくさんある人なの」
返事なんて返ってもこない。
「凄く、多分臆病で、いつも軽薄そうに笑ってるのは、嫌われるのが怖いから、なんだと思う」
『多分』や『思う』……言い切れないあたしは、きっとずっと、永遠にその境界の向こうへは行けない。知れるのはあの彼女だけ。
「あたしは、大丈夫だよ……?」
良かった。大変なことは山積みだろうけど、白鳥さんは唯一の人を手に入れられたんだ。
これできっと、白鳥さんはずっと抱えていた寂しさから抜け出せる。