瞳が映す景色
移された愛しい風邪菌はもうすぐ去っていく。
鎖骨の少し下、つけられた跡は、徐々に色を無くし肌に同化して元に戻っていく。
無理矢理襟ぐりを開けられ伸ばされたニットは、もう着れないのだから処分してしまえばいい。
治らないで、消えないで、残しておこうかなんて、もう……。
肌と唇が覚えている感触や味も、いつか誰かと上書きすればいい。
……ちょっと、もう、
白鳥さんを好きでいるのは、辛い。
それは物凄く、勝手な言い分だけど。
やっと思えたことでもある。
自分をこれ以上貶めたくはない。
ああ。そうだ。あの夜のことは、菜々には言えないな。大事な親友を失いたくはない。
あたしを惨めにはしない白鳥さんを、あたしで汚したくない。
いい加減でも適当じゃないから。
もうそのままでいい。
勝手だけど、
もうやめたいと、思えたことを、どうか持続できますよう。
――――
――
「ちょっ!! どうしたのその髪っ」
「白鳥さんって、年の瀬なのに実家帰るとかしないの? もしくは、せっかくの連休を旅行とかしないの?」
「はっ? そんなことどうでもいいよっ。何っ、コンロの火が燃え移ったとかっ!? 前髪はっ? てか全部短すぎないっ?」
六日ぶり、大晦日、時刻は午後六時。
額も丸見えのベリーショートヘアのあたしに吃驚仰天な白鳥さんは、電話注文のお弁当を受け取ることも忘れている。
良かった。直接顔を合わせるまでは心底安心出来なかったけど、杞憂だったみたいだ。問い詰められたら、引っ越して雲隠れもありだとしてた。
「早くしてくれないと閉店です。今日は早いんだから」
「けどっ……あっ、実家は結婚したばっかの妹夫婦と向こうの両親が正月に来るから、僕はギリギリまで帰ってくるなって。泊まる部屋ないし、掃除したのが汚れるからって酷くないっ?」