瞳が映す景色


――


「おう小町。とりあえず、明日の昼までには帰ってろ」


「何それっ。ちゃんと見送りはするし、朝には帰ってるよ」


「大胆だな。朝帰りを宣言か」


「馬っ鹿じゃないの?」


「お洒落さんだし?」


家を出る直前、玄関でフラットシューズを履いていると、休憩中の兄に捕まった。あたし以外の家族は明日から海外旅行で、残していくことを心配されているのか。


「……卒業式だし? お兄ちゃんの言う意味合いは皆無だけどね。いってきます」


駅までを少し駆けて電車には間に合いそうだ。けど着てきた春コートが邪魔になった。


構内のトイレで脱いだコートを畳み、鏡を覗く。クリームイエローの薄手のセーターと白いスカートは、この前佳奈ちゃんに選んでもらったもので、ちょっと落ち着かない。春からの通勤用にも使えるようにとのそれらは、リボン同様、あたしにはそぐわっていない気がするけど……。


そのうち当然みたいに、それなりになっていくのかな。




大学近くの居酒屋は、来たときにはもう会は始まっていて。


この中の三分の一は、地元や県外に引っ越す人たちで、別れを惜しむように会は場所を移して延々と続いた。


「小町。辛抱ならんくなったらどんとこいだ。三日間だけ玄関に泊めてやる。彼女が出来てたら追い返すけどさっ。深町さんにも宜しくな」


「うん。ありがとう」


こちらが地元の韮崎も、違う土地組だ。今日が終わるまで、日付が変わってからも、韮崎は優しすぎて、式典では流れもしかなかった涙が滲む。


「最後だから送ってやる」


夜明け前、あたしの自宅前で、握手を一度。ふわりと包んでくれた韮崎の手は離れ、そうして、お別れ。


我が儘な寂しさを飲み込むみたいに、あたしはすぐに眠りについた。

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