瞳が映す景色

――――
――


重量のある音を立てて、洗面所の扉は外側から蹴られ驚いたけど無視を決め込む。


「おい小町っ」


「何っ。ここには忘れのものは見当たんないよ」




卒業式から翌日の午後。お昼過ぎまで眠りこけていた身体は重く、頭も二日酔いなのかすっきり目覚められなかった。


母が用意してくれていたオムライスを食べたあと、リビングのソファでゆっくりするあたしの前を、家族各々に右往左往と忙しない。


荷造りなんて、二週間前からしているのに騒々しい。父は何度もトランクを開閉している。


「……」


本来なら、兄と佳奈ちゃんの、遅ればせながらの新婚旅行だったはずだったそれは、ぽつりと夕食時に呟いた母の願望が叶えられ、いつの間にか、家族旅行となっていた。行けはしなかったけど、何故かあたし抜きで。なら残していくことに心配など要らぬと思う。


天使な佳奈ちゃんが提案してくれたらしいことだけど、乗っかる父と母はどうなんだ。海外旅行でも何でもいいから、兄夫婦とは別の旅行にすれば良かったのに同行って……。


騒々しい家族を手伝えることもなく、あたしは優雅に、沸いたと知らせる音楽に誘われるまま、お風呂場に向かった。




「おい小町。もう行くからな」


「えっ、まだ行くの早くないっ!?」


「お前、どうせ湯船で居眠りしてただろ」


兄から時刻を告げられると、予想以上に眠ってしまっていたらしく、あたしは半乾きの髪を急いでドライヤーし、部屋着のワンピースに慌てて袖を通した。




「っ、間に合った。忘れ物ないっ?」


トランクが人数分並ぶリビングに滑り込むと、緊張した面持ちの父母と、最後まで荷物チェックをする兄夫婦が、まだ飛行機に乗ってもいないのに、いささか疲れた様子で待っててくれていた。

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