瞳が映す景色
肩が――白鳥さんにさっき掴まれた肩が、ずっと熱を保っているみたい。
あんなふうに強く引き留められるなんて予想外で。
あんなふうに、触れられたのは、初めて。
お風呂上がりを見られて相当恥ずかしかったのに、動揺してるのはあたしだけで。白鳥さんは、いつもさながらの飄々としたものだった。気にするのは、こういうとき女子側だけなんだろう。兄も然りだ。
「……、っ!!」
余計なことに気をとられていた。逃亡対策として、ずっと外で待っているときかない白鳥さんを宥めて約束を一時間後に取りつけたのに、余裕ある時間は、もうギリギリとなってしまってた。
ベッドの傍らには、今日の未明に脱ぎ散らかした昨日の服がそのままにあった。これを着ていけばコーディネートを考える時間は省けるのだけど、クリーニングに出すレベルで居酒屋臭い。
押し入れを改造したクローゼットを全開にし――頑張ったみたいに思われないもの、普段着普段着――使えない脳みそを駆使して洋服を引っ張り出す。
……
……疲れた。もう、出掛ける前から疲れた。
馬鹿みたい。悩むなんて馬鹿らしい。意識してるのか、まだ、あたしは。
「……疲れた」
身に付けたものは、いつも大学に通う際にも遊ぶときにも選ぶ、丈が長めの紺色のニットにベージュのキュロット、分厚い黒タイツにした。キュロットって可愛すぎ? でも柄も何もない地味なものばかりだし。
何も思われませんように、素通りの感情でいてもらえますように。
普段着を初めて見られる中学生みたいに、もう汚い格好も精一杯のお洒落も見られてしまっている男に対峙するあたしは、初めての待ち合わせに動揺する。
最後に、グロスに伸ばしかけた手を制し、リップクリームをひと塗りした。