瞳が映す景色
――、
春の始めの空気はぼんやりとしていて、確かに人が狂いそうだと感じる。何か羽織らないとまだふるりと身体は揺れるけど、蕾がほころぶには充分で。だから、ふいに箍が外れてそうなってしまうんだろうか。
夕食からの帰り道、そんな話をすると、授業でそんな内容を習ったなあと白鳥さんは作者名を呟く。
「凄い。担当教科以外なのに」
「記憶力の賜物?」
「忘れきっちゃう他ごとが多いから、抜けてかないだけなんじゃない?」
「酷いね~」
「ごめんごめん。――そうだ。ご飯、ご馳走さまでした」
「それはもうたくさん聞いたよ。じゃあ、今度は出してもらう。ポテトが食べたいな~」
「っ、――ああ。うん。じゃあ今度……」
路地から大通りに出ると、途端に車のヘッドライトに照らされて目を細める。
「危ないよ」
「っ!?」
ふいに白鳥さんの手があたしの左腕に伸びてきて路地に引き戻された。瞬間、眼前を自転車が物凄いスピードで横切っていく。
「あれは、是非とも取締り対象として警察はマークすべきだ。怪我はない?」
鼻息を荒くして憤慨する白鳥さんは、あたしの左腕を掴んだままなことも忘れているみたいだ。少し力の入った指先は、服の上からでも温かさを感じる。
「ありがとう。怪我は、白鳥さんにより完全回避を……」
「うん。なら良かった」
帰宅までの時間はあと二十分ほど。
大通りに入ったあたりから、あたしは行きと同じように、白鳥さんから少し距離をとって歩く。楽しい会話は損なわない程度に。
こんな些細な遠慮には気付かれないだろうという見積りは、それから十分ほど後に難なく見破られた。
「……ねえ、さっきからなんで、こんな離れて歩かれてるのかな? 僕は」