瞳が映す景色
「えっ……と……」
だって。それは……。
「ん?」
そこはもうすぐ駅前で、人の通りも密度が増している。店を出たときからそうすべきだったけど忘れていた。こういう場所なら尚更だ。なのに白鳥さんは一歩を踏み出すことをしてくれないし。
「……」
「僕ってそんな汗臭かったかなぁ。確かに今日は階段ダッシュしたけど」
「臭くないよっ」
寧ろ、さっき左腕を掴まれた瞬間、あたしのツボな柔軟剤の匂いが久し振りに鼻をくすぐっていった。普段から身だしなみに気をつけている賜物だ。
「じゃあ、何?」
せがまれる捨て犬の目はこちらもまた久し振りで、もう、あたしは首根っこを摘ままれたみたいに素直に白状する。
「あたしと……一緒のとこ、見られる可能性は、避けたほうがいいでしょ?」
そっか。あれから一年経過してるんだ――思い出し当時の服装が脳裏に浮かぶと、白鳥さんもあたしも真冬の格好だった。
視界に映る最寄り駅を出ると、途端に白鳥さんは今のあたしみたいに、いやそれ以上に不自然に距離をとった。それまでの楽しかった時間はおしまいだと、線を引くみたいに。
「人妻、近くに住んでるんだかは知らないけど、相手に、不安を与えるかもな要素は少ないに越したことないよ。……てか、そもそも不毛だし想い想われかも知らないけど……。行こう。立ち止まってたらリスク倍増」
ああ。でも、一緒にマンションに入っていったっけ。
「その立場なら、僕が誰かと歩いてると――嫌?」
「歩いてるくらい、色んな事情や関係があるでしょうよ。でも、好きな人だったら、心臓が軋む。一瞬」
人妻の気持ちになれなんて、あたしには無理だったけど、見かけた実例を元にあのときの動揺を口にする。
「うん。そっか。そう、なんだ」
そうして、歩を進めた。