瞳が映す景色
「――うん。難しいよね」
言葉の先にいるのは、人妻だ。その人のことを話すときの白鳥さんの声色が、悔しいけど大好きだった。
「だよね」
「好きにならなければなんて、それは違うし。――片想いのままなら、良かったのかもしれない」
「白鳥さんが露骨すぎたの?」
「そんなそんな。全く認識してもらえてないよ、僕の気持ちなんて。今もね。……でも、今、好意は、僕にあってくれるようになって」
「自信あるんだね。勘違いだったらそれこそ死ねちゃう」
「とても素直に反応してくれる人だから」
「そっか」
「でも、彼女は絶対言葉にしない。今の状況から飛び出さない人で。そういう決意も顔も見せてきて。参るよ……宙ぶらりんだ」
「結婚って、計り知れないよね。人妻だって、この人だって思って結婚したんだろうし。付き合う別れる時限でも、大変だもんね」
「苦労、したことあるの?」
「ないけど……」
「そっか」
白鳥さんは、本当は、どうしたいんだろう。
この人なら、ずっと想って生きていけるだけの執着心は持っていそうだ。
けど、それは、そんな、悲しい思いのままで、あたしは、いてほしくないな。
視界には自宅が映り、お別れはもうすぐ。もう、こんな夜を過ごすことはない。
「玄関先まで送るよ」
「いっ」
「駄目。お兄さんにも示しがつかない」
「……馬っ鹿みたい。――そういえば、お兄ちゃんに何を見せてもらうの?」
出がけの兄と白鳥さんのやりとりを思い出した。鬱々とした会話で幕を閉めるより、こちらのほうが面白そうで適していそう。
「――知りたい?」
「話の種程度に。けど、もう着いたからいいや。またこ……っ!?」
あてのない今度の約束は、最後まで紡げなかった。
玄関の鍵を開けてさようなら――
そうなる、はずだった。