瞳が映す景色
さようなら、おやすみなさい――そうして終わるはずだったのに、鍵を開けたあとの玄関扉を開いたのは、
白鳥さん。
そうして、何故かあたしを玄関に押し込んでから自分も入り込んでくる。
「えっ、な……っ」
「教えてあげるよ。お兄さんから、何を見せてもらうって話してたか」
家族が居ない家は初めてだ。暗くて寒くて静かで。だから、息を飲む音だってこんなに伝わってしまう。
それは、至近距離にいる白鳥さんになら、当然。
「ちょっと……近く、ない?」
そんな身体傾けてまで顔近づけなくても声なんか聞こえるよ。
「ん? 玄関が狭いからじゃないかな。僕、背高いし」
「失礼な。白鳥さんちよりはっ、広いよ」
下駄箱を痛いくらいに背中に感じる。もう後退出来ないし、横にスライドして上がり框に逃げたいけど、あの例の長い足に阻まれていて不可能なんて、一体何事か。
仲良くなったと自負はある。けど、白鳥さんのパーソナルスペースというのは、存外心臓に悪いと知る。
「戸籍だよ」
「へっ?」
ニンニクたっぷりのパスタをさっき食べたばかりなものだから、どうにかして顔を背けていた暫く無言のあと、訳のわからない単語が白鳥さんから発せられた。
「お兄さんがね、今度見せてくれるって言ってたもの。まあ、信じたからお断りしたけど」
「信じた……?」
そう言って、白鳥さんはあたしからついに視線を逸らす。
あたしは細く、息を吐く。
きっと、明かりさえ点いていれば、その頬は羞恥に染まった色だと確信出来るほど、白鳥さんの表情はそれだった。長いまつ毛と綺麗な瞳が暗闇で瞬いていて福眼だ。
「――てっきり、僕は、若女将と若旦那は、本物の夫婦だと思っていたんだよ」
少し震えた声は、その突拍子もない話を笑い飛ばさせてはくれなかった。