瞳が映す景色
けど、あれだけのことで、白鳥さんはあたしが誰だか――思い出しはしないこそすれ、理解はしたみたいだった。
その場で言われなかったのは、優しさだったんだろうか。
何も、わからない。最後に言われた言葉の意味も、白鳥さんがどんな気持ちでいたのかも。
ある日、菜々から連絡があった。白鳥さんが菜々の前に現れたらしい。
場所は菜々の自宅前で、過去の名簿を見て来たのだと職権乱用を振りかざして、仕事に疲れた菜々を出迎えたらしいから、……まあ、そういうことなんだろう。
白鳥さんが何をしに来たのか、明確には菜々もわからなかったみたいだ。怯える菜々を弟が庇い、白鳥さんは、さほど何も話さず帰っていったらしい。
……違うかも。菜々の態度を、確かめにいったのかもしれない。そして、それだけで、予想を確信に変え、もう充分だと帰ったんだ。
菜々は、電話の向こうでしきりに謝ってくれた。詳細は伝えなかったけど、恐怖に口が滑り白鳥さんを責めた内容が、あたしの正体を分からせてしまったと。自宅まで押し掛けられている意味に気づけないほど怖がらせてしまったことに反省した。
「――大丈夫だよ、菜々。そんなのきっと、あの人はもう知ってるんだから」
「でも、ごめんなさい。……狡く悟る人って、私はやっぱり大嫌い」
あの性格なら、きっと、中途半端なままでいられなかったんだろう。白鳥さんは、あたしには会いたくないけど、少しでも真相に迫りたかったんだろう。
馬鹿だなあ。
そういえば、菜々の住所を探す際に、卒業アルバムを見られなかったか不安になった。あの頃の、髪の長いあたしは見てほしくないな。今との違いが、白鳥さんのせいだけとは思ってほしくない。
想いの深さやしつこさを、あの写真から、どうか感じ取らないでほしい。
涙する訳でもなくぼんやりと、ふいに、他人事みたいに、願った。