瞳が映す景色
足音は遠ざかり、隣人は去っていってくれた。
「ビックリしました。先生リアクション薄いから誕生日を間違えたかと不安になってしまいました。でも、私がそんな凡ミスするとは思えないですし。――はい、プレゼントですっ!」
「ありがとう確かに受け取りましたしかし生徒から施しを受けるわけにはいきませんので花の代金を返金します。……さあ領収書を出しやがれっ。そしてすみやかにお帰り下さいっ!!」
「そんなもの持ってませんし帰りませんっ!」
アパートの狭い玄関で押し問答が繰り広げられる。淡い色合いの花束はさっきから藁科とオレの間を行き来しっぱなしだ。しかし、プレゼントに花束……。
危機は去り、もう必要ないから帰らせようとしたが、藁科はドアノブに身体を密着させ、オレにそれをさせまいとする。卑怯極まりない。その行動はこっちが触れないと理解していて卑怯だろっ。けどそれは、自分が生徒だと主張しているのと同一なのだと分かっているんだろうか。支離滅裂だ。
「その事務的棒読みな感じはいけません。正しく美しい日本語推奨でしょう? 先生は。それに、私を引っ張って招き入れてくれたのは、片山先生、ですよ?」
「生徒が教師の家を訪ねてくる図なんて隣人に見せらんねえだろっ」
「大丈夫ですよ。私、『先生』の部分は息だけで発音なんてしてないですし。――あれ? 心の声が伝わりましたか? それに変装済みですっ!」
「それは変装じゃなく仮装だっ!!」
そして、この事態が仮想でもあってほしかった……。