瞳が映す景色

「白鳥さんっ!?」


マンションの玄関で踞り、支えられながら運ばれる男の人は、白鳥さんだった。


邪魔だった傘の存在意義をここに見出だす。たった数メートルのこととはいえ、自立も困難な人を雨に濡らしたくない。


突然差し出された傘に、元気な方の男の人は一瞬驚いたみたいだったけど、あたしが白鳥さんの名前を呼んだことで安心したんだろう、そのままタクシーへと歩いてくれた。




「ありがとうございました」


「いえそんなっ。白鳥さんは……っ」


そう言って視線を落とす。そこには、タクシーの後部座席に横たわる白鳥さんがいて。そういえば、誰からの声にも反応はない。


足が震える。怖くてたまらない。いつも優しく笑っていた目元も、表情も色褪せていて、凍りついてしまいそうなくらい冷たそうだ。


「多分、今のこれは睡眠不足だと思います。だからそんなに、あなたまで倒れそうにならないで下さい。救急に今から連れていきます」


幾分トーンの低い声が言う。傍らに立つ男の人だ。


「は……い……」


「白鳥さんの、お知り合いですか?」


「はい」


「オレは、っ――わたしは、白鳥さんと同じ職場の者です。差し出がましいお願いですが、同行してくれると助かるのですが……」


「はい……」


そんなことをする必要が、いや、あたしなんかが行っても……心の何処かにはよぎった思考も、突然の事態に消滅し、促されるままに、あたしはタクシーの助手席へと収まっていた。


タクシーの運転手さんは、すぐにでも発進可能な準備をしていて。


あたしはずっと後部座席を心配しながら、座席のシートを壊してしまいそうなくらい握りしめていた。

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