瞳が映す景色
あたしの心配をよそに、男の人はそんな様子もなく、女の子から荷物を受け取り、これからのことを話していた。
「追加タクシー来るまで屋根ある安全な場所いろ。こと……藁科、今日は悪いけど帰……」
「はい。じゃあ、合鍵使ってお邪魔させてもらって、今日は泊まります」
「聞いてないぞっ!? 何時になるかわからんし自宅に帰れっ」
「無理です。私が帰ったら姉が迷惑だし、白鳥先生のことも、多少気になります」
「ま……た、お姉さまかよ……」
「それより、急いだほうがいいと。――早く心配を解いてあげなきゃ」
そう言って、女の子はあたしの方を見て頭を下げてくれる。長い健康的な黒髪が、雨にも負けずにさらりと流れた。
「あ……」
「顔色、とても悪いです。具合悪かったら診てもらって下さいね。出発遅らせてしまってすみません」
背中をぐいぐいと押されながら、男の人は後部座席へ。白鳥さんが横たわる隙間に小さく座り、小さく謝罪をしてくれた。
声なく、力なく頷き、タクシーはすぐさま発進した。
男の人は女の子を藁科と呼んでいた――ということは、この人がゲンちゃんなのかもしれない。一度遠目に見たけどリンクしない。今の姿は、明るくはないけど、あのときより頼りになる印象を受ける。
けど、確認の必要性はあまり感じず、あたしは振り返ったままでいた。視線を逸らせない先には、浅い呼吸音を響かせる白鳥さんが、瞼を閉じて動かないまま……。
「いい大人が睡眠不足と食欲不振で倒れるなんて情けない。だから、心配は適度にしてあげて下さい」
その言いぐさに苛立ち、思わずゲンちゃんかもしれない人を睨みつける。
ゲンちゃんかもしれない人は、一瞬怯んだけど、いい迷惑だと白鳥さんを見下ろし言い放った。心配は心配だけれど、と加えて。