瞳が映す景色
その目をもし開けられていたら、会話が成立出来ていたら、あたしはここにいられない。
確かに、まるで魔女に百年の呪いをかけられたお姫様みたいに、白鳥さんは眠っている。眉根は少し寄せられているけど、気持ちが良さげにも見える。
それでも、心配でたまらない気持ちくらいは汲み取ってもらおう。連れてきたのはそっちだと人のせいにする。余裕が、ないんだ。
救急の病院まではタクシーで十五分ほど。少し、申し訳なさそうにその場を埋めるゲンちゃんかもしれない人の抑えた声には、不器用な労りを感じた。
「ここ二ヶ月くらい……オレも気付けたのは最近なんですが、さっき言った通りの状態みたいです。白鳥さん」
睡眠不足、食欲不振。それは、あたしとよく似ていて。
「それでも職場では変わらなかったですし、微塵も感じさせなかったですけどね」
ああ。きっと、上手くやってのけてたんだろう。その姿は容易に想像出来た。
あたしも、何度も騙されてたんだろうな。
「すみません……こうなるまで気付けなくて」
「あっ、あたしに謝られても……」
……筋が違うじゃない。
けれど、ゲンちゃんかもしれない人は、あたしの言葉など華麗にスルーし、傘を差し出す前までのことを勝手に教えてくれた。
「訊くと、笑って軽く、ご飯が食べられないんだよね~、とか言うんです。ちょっとヤバいなと思って無理矢理飯の約束したんですけど、待ち合わせに来なくて訪ねに行ってみたら、玄関先で立てなくなってました」
「……そうですか」
「失恋くらいで、とは言いませんが、最低限の自己管理くらいしてほしいです……とは言えませんが。オレも、それなりに世話になったし」
この人はあたしを知らないはず。けど、眼鏡の奥の瞳に、責められている気がした。
そんな視線は知らないふりをした。