瞳が映す景色

色々とあって、どうやら時間はずいぶん経っていたらしい。夕焼けの感触が室内に伝わってきた。秋の茜に包まれる。その空気はとても柔らかすぎて、どうしても心がほぐれていく。


だから、


「ねえ、先生」


「――うん?」


帰れという前に返事だってしてしまう。


「映画、どうでしたか?」


柔らかい中、柔らかい声で囁かれると、それはまるで高度な催眠術のようだ。


そして、藁科の声は、この時間によく似合うことを知る。僅かに鼻にかかった甘い声。耳への響き方は、ゆったりしたピアノの曲のそれと似ている。ほわりと地上を染めているようで、見上げると、とても情熱的な夕焼けのような。


目にしすぎるとこっちに支障が出てしまう。気付きすぎると……。


散々耳にしてたっていうのに今かよ。催眠術のせいだ。

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