潮にのってきた彼女
つま先に温度差を感じた。
見ると、いつの間にか潮が足元にまで及んでいた。


潮の満ちるのがやけに早い。流れが変わりでもしたのだろうか。


一歩下がってまた視線を上げた。
遠くに要次さんのヨットが浮かんでいる。

要次さんは果物作りとヨットが趣味の、元気な老人だ。ばあちゃんとは昔から交流が深いという。
今朝も千歳さんが蜜柑をもらうとか言ってたっけ。




することも思いつかず、久しぶりの大岩登りをすることにした。

海の底から突き出た大岩は登るのにちょうどいい。この辺りでは有名な大岩だ。海水も被らない高さの岩肌はごつごつとしていて、スリルがある。


手近な突起に足をかける。
腕を伸ばし、体を持ち上げる。
手探りならぬ足探りで次の突起を見つけ、体重をかける。

無心に同じ動作を繰り返す。
上へ。
空へ。
天へ。
順調に頂上を目指した。



途中で岩が水平になっているところがある。
一旦休憩だ。

手に食い込んだ砂粒を掃った。
一度空を見上げて、また岩に手を伸ばす。

伸ばした先の岩には、トコブシがびっしりと張り付いていた。
その間を小さなヤドカリが歩いている。ゆっくりと、着実に、細い触角を揺らして。


海の生物はみんなのんびりしている。
優雅に振舞い、急いた様子を見せたりしない。


ヤドカリを潰さないようにして、岩に足をかけた。


それから上では岩の隙間にサンダルをとられないように気をつけて登る。
自然にできた岩の突起は結構鋭い。
ひとの手が入っていないことの象徴とも言える。


岩に張り付くように登り進めた。
ヤドカリのように、着実に。

5分足らずで、頂上に辿り着いた。
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