潮にのってきた彼女
真夏の灼熱地獄。
目の前の景色は揺らぎ、休憩のたびに水道を奪い合う。

かなり髪の伸びてきた頭に触れてみた。
頭から水をかぶって、水をしたたらせながら再びぼろぼろのグローブを手にマウンドへ向かったこと。
1球投げるだけで汗は噴き出て、それでも1球1球に全身全霊を込めたこと。
白い球がキャッチャーミットに吸い込まれ、パシッと乾いた音が決まった時の爽快感。


小3から始めた野球。
8年間、同じように繰り返された夏。

今年だけが、違っている。


「しょーご!」


気がつくと、朔弥の顔が目の前にあった。


「3人で、売店行ってくる。ラムネでいいか?」

「あ、うん。ごめん」

「あたし、かき氷」

「わかってるって。メロンだろ。16年間の定番」

「赤ちゃん時は違うじゃんか。よろしくー」


無表情のまま朔乃が手を振ると、朔弥は楽しそうに話をしている慧と夏帆のところへ、「お兄ちゃん」の顔をして走って行った。

3人が俺たちに背を向けて売店へ向かうと、朔乃は俺の顔をじっと見てきた。


「どうした?」

「……しょーごが、転校してきてすぐの頃」


抱き寄せた自分のひざの上に顔を預け、朔乃は言った。
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