潮にのってきた彼女
「しょーごは優しくて、人を直接傷つけることを言わないの。でも鈍いんだもん。優しさが人を傷つけることもあるんだよ。しょーご」

「朔……」

「しょーご」


朔乃が顔を上げた。
涙で黒い瞳は揺らめいていた。
濡れたまつげが震えた。


「あたし、しょーごはお兄ちゃんだなんて、思ってないから。夏帆ちゃんや、しょーごの意識が飛んだ先にあるものに、勝てる気なんてしない。だから、言いたくなかった。しょーご、鈍い。あたしはしょーごが好きなんだよ」


言うやいなや朔乃は立ち上がり、涙を拭ってパラソルを出た。
追いかけようと立ち上がると朔乃は振り返り、威嚇するように俺を睨んだ。

優しさがひとを傷つけることもあるんだよ。
俺はその場に膝をつき、放心して様々な場面を回想していた。

主に、ながじぃのところへ行った時のこと。


あの時、朔乃は。慧は。あの時。あの時。

本当のところ、全く思っていなかったわけではなかった。
しかし、鈍いと言われるには十分過ぎた。
あの時。あの時。あの時。



朔乃は波打ちぎわまでずんずんと歩いてゆき、砂の上にすとんと座った。
波の音は戻ってきていた。朔乃が薄い膜を破ったのかもしれなかった。
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