潮にのってきた彼女
そこは日陰になっていて、少し涼しかった。
海水もぬるくなっていなくて、足を突っ込むとひやりとした感覚が広がる。

割とひとも来るところなのに、ここの海も洞くつの近くなんかと変わらず、綺麗だ。
空のペットボトルなんかが海に浮かんでいる様子すら、俺は見たことがない。

島の人間たちが大切に守ってきたからだ。
朔弥や朔乃や慧や夏帆たちの親、祖父、祖母。ばあちゃん。千歳さん。
それを朔弥や朔乃や慧や夏帆たちが守っていく。
そしてその子供。孫。

その中に、俺は。


「翔瑚がさあ、転校してきて」


おもむろに夏帆は言った。


「4ヶ月なんだよね。4ヶ月前にはこの島に翔瑚がいなかったなんて、変な感じ」

「よく、言われる気がする。順応してるって」

「そうそう、順応。翔瑚、さいこーに順応しやすい感じ」


夏帆はふふっと、小さく笑って目を細めた。


「あれ、そういえば、朔弥と慧は?」

「朔乃先輩のところ。私が、言ったから」

「何を――」


俺はそこで、言葉を切らざるを得なかった。
夏帆がいきなり顔を近づけ、唇をぶつけてきたからだった。


「夏帆……?」

「別れよっか!」


夏帆は晴れ晴れとした顔で言った。
顔を上に向け、背伸びをするようにつま先立ちになる。


「ずっとわかってた。私、鈍くないもん。翔瑚が最初の時から、私を何とも思ってなかったこと。わかってた。断れなかったんでしょ、どーせ」


夏帆は顔を背けた。
パーカーのフードが潮風に煽られては暴れる。

切ったという髪は顔にまとわりついているらしかった。
夏帆はぶんぶんと頭を振って、また口を開いた。
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