潮にのってきた彼女
「……なんでよ」


夏帆は恨めしげに言った。


「なんで、泣いてるのに」

「夏帆がそのまま、行っちゃいそうな気がしたから。言いたいことだけ言ったら、一度も振り返らずに、そのまま」

「行くよ。だってあたし、プライド高いもん」

「俺が、かっこわるすぎるだろ」

「あたしが髪を切ったのはそういうことだよ?」

「それでも」


俺は、夏帆に近寄った。
近づくにつれ、夏帆が顔を上げる角度は増す。


「俺が、言うべきだったんだ」

「そうかもしれないけど、いいの。あたしが言いたかったの。未練たらしくなんて、しないからね。切った髪、わざわざ海に流したんだから。今日、一番に来て」


目に溜まっていくものが増えるのを見るたび、夏帆の言葉は強がりにしか聞こえなくなってしまう。

でも、そんな風に思っちゃいけないんだと思う。
夏帆がそれを望んでいないから。

いくら口元が、への字を超えた角度で引き結ばれていこうとも。


「夏帆、ありがとう。夏帆にはきっと、もっと気が利いて、スマートな感じのひとが似合うよ」

「そうだねー」

「あと、ちょっと猫かぶるのやめなよ。素の方が、可愛いと思うよ」

「知ってるよーっだ」


夏帆はあかんべえをして、また背を向け、いきなり波打ちぎわを走り出した。
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