潮にのってきた彼女
「何よりも先にびっくりしたわ。あの日、から、学校に行くのを辛いと思ってることはわかっていたから、いつかこうなるんじゃないかと思ってはいたけれど。
それにしても、行く先として田舎を――私の実家を選んだってことにびっくり。物心ついてから、行ったの、せいぜい1、2回だったと思うんだけど。しかもひとりでーなんて言うんだから」

「結構、切羽詰まってたから」

「それで、止めなくちゃ、と思ったの。理由をつけるとすれば、親としての責任、って感じ? 
私たちの力であんたを止められるとは思っていなかったけど、あんたは思った以上に頑なで、全くおれる気配を見せなかったし、止めても無駄だと言わんばかりに、お母さんに電話したり、荷造りしたり、ひとりで着々と準備を進めてた。
だからやっぱり最後には認めざるを得なかったけれど、正直後悔も、結構してたわ」


ビールの缶をぐっと傾ける。

母さんのざっくばらんな物言いは聞いていて心地がいい。真剣な話も、まっすぐ向き合ったまま聞いていられる。
ばあちゃんの血を引いているなあと思う。

そしてそれは俺にも同じことが言えるはずなのだ。


「まあでもそんな考え」


やっと缶を置き、母さんは微笑んだ。


「きれいさっぱり、拭われたわよ。あんたの顔見たらね。あんたの選択は、これ以上ないほど正しかった。私も島に行きたくなったわ」

「そんなに、変わったかな」

「顔がねえ、何て言うんだろ。凄まじく、いきいきしてる」

「す、すさまじく」

「野球、してた時には、そりゃあ劣るんだけど」


久しぶりに聞いた単語に、体中の筋肉がぴくりと反応する。


「いきなりなんだけど」


空の缶をもてあそびながら突如母さんは言った。
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