潮にのってきた彼女
母さんは聡明だ。少し男まさりな部分もあるので、思慮深いという表現は似合わないかもしれないが、物事を冷静に見つめ、その奥底にある様々な事実をくみ取る能力に長けていると思う。

昔から心ひそかに自慢の母ではあったが、今日、それは大々的に心に掲げることになった。

母は偉大で聡明だ。そしてついでに結構綺麗だ。


「ありがとう」

「照れるわね。そんであんた、特に昔からがんこだったわけでもないけれど、また一段と素直になったわね。16歳の男の子ってのが、疑わしいぐらいに」

「素直って地味だけど、大切なことだから」

「それってお母さんの座右の銘でしょ」

「そうそう」

「すっかり、島の子になっちゃって」


母さんはくすりと笑って、空き缶を手に立ち上がった。


「黙っていたけど、進也、野球を始めたの。小学校でやってる愛好会よ」


小学校の愛好会。俺も、最初に野球をやったのはそこでだった。
しかも小学3年生。同じ年だ。屈託のない笑顔が浮かぶ。


「進也は『進め』。自分の思った通りに。やりたいって言ったのはあの子なのよ。私は止めなかったわ。お兄ちゃんみたいになる、って、言ってた。
ちなみに結実は『結べ』。良縁を。私やお母さんのように、ね。
翔瑚、あんたは翔け抜けなさい。必要な周り道ならたっくさんしながらでいいんだから」


その言葉が自分にはありがたすぎて、返事を容易にはできなかった。

母さんはにやにやしながら「泣いてもいいのよー」とかなんとか楽しそうに言って、俺の顔を覗き込んだ。
俺が黙って顔をそむけると、頭にぽんと手を乗せて、「おやすみ」と言い、空き缶を流しに置いて部屋を出て行った。


安心のできる、頼もしい後ろ姿に「おやすみ」と呟いてから、俺は手の甲で顔をごしごしとこすった。



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