潮にのってきた彼女
「言わなければ、いけなかったことがある。私たちは、将来への期待をかけすぎて、お前の負担になっていたかもしれない。だけどそれは、野球をしているお前を、ではなく、好きなことをして、輝いていたお前を、心底誇りに思っていたからだ」


父さんは、一息に言って口を閉ざした。ほっとしたように見えた。

俺は父さんの一言一言を、順番に思い出していって、ゆっくりと反芻するように噛みしめた。
負担、好きなこと、誇り。

ひとつひとつが丸くなって、自分の中に落ちてくる。
受け入れるのは簡単だった。のみこんで、内部に取り込む。それは自分の一部になる。
自分の要素のひとつになる。


「……ありがとう」


簡潔に、だけど心をこめて、そう言った。


「お前がまた、輝けるためになら、何でもやってやりたいと思うよ。その舞台がマウンドにしかないと言うなら、お前の、肩を治す方法を探すこともしたいと思う」


父さんは前を向いたまま言った。熱心にそう言った。


「ありがとう、でも、それがまだ、どこだかわからない」


左に拳をつくる。まだ薄れてはいないボールの感触。これを開いて、また、何か別の物を握る時が、来るのだろうか。


そうか、と父さんは呟いた。伝わったよ、と、心の中で言葉を送る。



足元の辺りにやっていた視線を、フロントガラスの向こうに向けた。

車は高速道路に入っていた。人工的な道を、車は、進む、進む。

アスファルトに舗装された人生も悪くないものなのかもしれない、と考えてみる。

だけど選びたいのは違う道。所詮理想だと言われればそれまでかもしれないが、家族の誰も、そんなことを言いはしない。


街にそびえるビル群を横目に、そんなことを考えながら、島へ帰る道を進んだ。




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