潮にのってきた彼女
「海は何事もなかったみたいに静まって、いつも通りかそれ以上にうつくしかった。
砂浜におりて海沿いに歩いてると、さすがにいろんなもんが打ち上げられとったけどな。


割れたガラスやらナイロンの袋やら。ゴミは砂浜で焼くもんやったから、拾い集めながら歩いとったら……岩場のかげに、ものすごい数の海鳥が集まっとったんや。
魚でもあがったんかと思って近づくと……うろこが、キラリと光った。

その途端、うそみたいに海鳥がいっぺんに飛び立って――真っ白な羽の隙間からもれた太陽の光を目で追いながら、地上に視線を戻した時や。初めて、あのひとの姿を見たんは。
彼は、砂浜で倒れ伏していた。


とにかくうつくしいと思ったわ。
宝石みたいに光る、あおみどり色のうろこ。白い肌にかかった髪は亜麻色で、女みたいに長かった。

でも体つきは明らかに若い男のもの――もちろん、上半分だけの話やけどな」


同じだ。

エメラルドと亜麻色。
同じうつくしさは、今も、昔も。


「不思議なものでな、その時わたしの中では、驚きや恐怖よりも心配の方が大きかった。それから、好奇心もやな。

物語の住人、うつくしい生き物にわたしはおそるおそる近づいて、触れてみた。
肌は驚くほど冷たくて、せやけど生き物はうめいて動いた。
わたしはどうしていいかわからず、白い手を握っていた。


そのうちどうにか生き物……彼は意識を取り戻した。
喋れるようになると、やっぱり向こうは慌てとったわ。人間に見つかっとるんやからな。

わたしが必死に、危害を加える気はないと伝えるとわかってくれた。
それからわたしは、いくつかの疑問を口にした。恐れてはいなくとも、やっぱり信じ難い光景ではあったからな。彼は嫌な顔をひとつせずわたしの質問に答えてくれたわ」


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