潮にのってきた彼女
「どうしてこんなところに倒れていたのかと聞くと彼は、嵐で海が荒れているので上の世界が気になって、海面から顔を出してみると、壊れた船の残骸がとんできて頭にあたったんやと言っていた。
それから気づいてみれば、自分は陸にいたんやとか、笑いながら言うてたわ。笑い事ですむんかいなと、当時のわたしは妙に心配になったものや。

彼は下半身を見なければ、なあんも人間の男と変わらんかった。普通に会話ができている
自分は、不思議でしょうがなかったけどな。


その日からわたしたちは、時々会うようになったんや。もちろん、人目につかんところで。
家族にも誰にも言わんと、散歩やとか、遊びに行くやとか言うて、毎日のように家を抜け出したわ」


ばあちゃんは目を細めて笑い、俺を見た。
ついこの間までの俺と重ね合わせているんだろうな、と思った。


「本当に、同じだ。出会い方までも、似てる……」

「そうか。そういうもんなんやろうか」


一呼吸ののち、昔話はまた続く。


「わたしは彼に惹かれていた。貧しくても、生活に困るというほどではなかったし、穏やかな暮らしに不満があったわけとは違う。でも彼の存在は、味気のない暮らしの中で鮮やか過ぎた。
未知の世界の住人はうつくしすぎたんや。

同じように、彼も彼にとっての未知の世界、陸の世界にいたく興味を持っていた。
わたしたちは一気に2つの世界の知識を持つようになったんや。


そうやって、わたしたちはわたしたちだけの場所で、会話をして、お互いを知るようになって、知れば知るほど強く惹かれていくようになった。

そんなある日やった。いつもの場所に、彼は青ざめた顔でやって来た。
どうしたのかと尋ねると、彼はなんと、自分の住む国の、王に就任することになったと言った」

「……王?」


思わず聞き返す。

最近、聞いた覚えのある言葉だった。
それをどこで、どんな気持ちで、誰から聞いたのかということを思い出すより先に、ばあちゃんは決定的なことを言った。
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