潮にのってきた彼女
「先に、あの場所にいたのはティートの方。岩伝いの道の先で砂浜にすわっている彼の顔を見た瞬間、わたしの目からは知らず涙がこぼれていた。

わたしたちは無言でお互いの顔を確かめた。その時彼は泣いていなかった。泣くよりもっと悲しい表情をしていた。

それを見てしまってからわたしは、自我を保つのに必死やった。
理性を追い払って泣きわめいてしまえば、日々をうつくしく残そうとしてくれた彼の努力に、報いることができないと思ったから……」


昔見せてもらたアルバムの中にいた、女学校の生徒のことを思い出した。

自我を保とうと必死にいろいろなものをこらえる彼女と、さっき見せた、ばあちゃんの痛ましい表情がぴったりと重なる。

重たそうな髪を胸下で切り揃えて、大人びた顔立ちをしたセピア色の少女。
鮮やかにうつくしい生き物の努力をふみにじらないために、辛い選択をした、自分と同じ年頃の少女――。


「そして彼は、ここ最近自分の治める国で起こっていたこと、彼を苦しめていたことの全てを、順を追ってわたしに話した。

家宝であった7つ真珠を国中の者が求め、国が大混乱におちいっていること。
真珠の力を本物であり、しかしそれは、とても恐ろしい宝物であるということ……翔瑚、あんたは、真珠のことについては……」

「たぶんだけど、ほとんどは聞いてる」

「代償の話も、か?」

「知ってる……けど、彼女の話だと、当時は知られていなかったようだったけど」

「ちゃんとわかっていたよ。ただ、それについてはシェルライン家に伝わる逸話でしかなかったからなあ……はっきりしたことではなかったんや」


ばあちゃんはおもむろに、すっくと立ち上がった。


「彼は当然民衆の誰にも真珠を渡す気はなかった。

こんな恐ろしいものは、国王の座についた時にすぐにでも、適切に処分してしまうべきだったんだと、悔やんでいたよ。

そして彼はついに、独断で、戦を仕掛けてきた隣国へ降伏の意を表したという。

国はますます混沌の中へ堕ちていった。真珠、真珠、と、国の重鎮たちまでもが。ここまで来ると、もう欲望も何もなかったんやないかと思うわ。
わけのわからん情勢の中で、”真珠を手に入れる”ことそのものが、目的にすりかわってしまってたんちゃうかなあ」


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