潮にのってきた彼女
素直に驚きだった。返事につまったぐらいだ。口は開いているのに、言葉が出てこない。


教師や周囲の人々に何を言われても、島を出るつもりはないと、あんなにもはっきりと言い張っていた慧が。

でも、誰から見たって素質は十分にあると思う。街へ出てゆく人間の素質。
慧が目指せば、今からなら何にだってなれると思う。医者にだって、弁護士にだって、政治家にだって。


「……驚いた」

「だろ?」


慧は笑う。


「もともと俺は島が好きでさ。もっともそれは、ほとんどの島民にとって当たり前のことだろうけど。ここを出て行く必要も理由もないし、だからそんなことはただわずらわしいことだとしか思ったことがなかった。

ここで普通の大人になって、普通に世代を引き継いで、とか、そんな風に一生を過ごすもんだと思ってたんだけどな」


慧と同じ方向に視線を向けると、川面が濃い光を浴びて輝いていた。

ぎゅっと狭い川幅が海に近づき、こちらから見て手前に流れてくるにつれ緩やかに広がって、橋を過ぎると、大海原に到達する。ずっと広い世界へ流れ出てゆく。


「じゃあ、なんでいきなり?」

「いきなりってわけじゃない。島を出ることを真剣に考え出したのは、4ヶ月前くらいからだ」


慧は欄干を背にし、海が見える方を向いて伸びをした。


「もちろん、2年になって先生たちからの勧めが強くなったことも少しはある。自分のためになる選択をしろよって言われ続けてた。
でも、島を出ることが自分のためになることだなんて風には、どうしても思えなくて。
迷うっていうより、どうしたら迷えるんだろうって感じだった。

そんなことを思っていた時に出会ったのが、翔瑚、おまえだ」


不意に自分の名前を呼ばれ、慧の方を見た。


「都会から来たやつなんて、ろくでもないやつだと思ってた。勝手に偏見を持ってたんだよな、結局。

でも翔瑚は、もちろんろくでもないやつなんかじゃなかったし、初めこそちょっと無愛想なやつだと思っていたけど、少し経ったらもうすっかり島の高校生と変わりなかった。
でも時々、考え方に小さな相違があることもあって。

要するに、自分は視野が狭かったんだなあと思った」


慧は顔を上げて、視線を彼方にはせた。



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