潮にのってきた彼女
「……俺もそろそろ、真剣になってみようと思って。

島が好きだけど、自分の家のようなこの場所から出て行かないことには、何も始められないし、何も変わらない。
どうなりたいかという質問に即答はできないが、何かになってみたいような気がした。


テレビで、本州から離れた島出身のメジャーな歌手が言ってた。
愛してやまないふるさとにいたその時より、そこを出て、離れた場所から島を眺めて見た時の方が、何倍も島が愛しく思えた、って。
島育ちの人間は、必ず一度はそこを離れてみるべきだ、って。
そうしないと、自分の生まれた場所の本当の価値を知ることもないまま、その場所で一生を終えることになりかねない、って、言ってた。


島が好きで、でも、だからそこを離れないっていうのは、道理にかなった話じゃなかったのかもしれないって俺は思い始めた。

島民はみんな島を愛してる。島のためになることをしたいと思ってる。
その中に、島を離れるからこそできることもあるはずだ。


だから、あの歌手の言った通り、いったん島を出てみて、外から十分に眺めまわしてみて。
それから改めて、始めてみようと思ったんだ」


迷いのない声で慧は言った。
だから俺も、その力強い響きに応じたことを、言ったり思ったりしようと思った。


橋の上で見た、成長した慧。
やるべきことははっきりしているのに、あと1歩が踏み出せない自分。

図ったようなタイミングで慧の決心を聞くことができたのも、もしかしたら例の加護の力のおかげだったかもしれないのだ。


「慧なら大丈夫だ。慧は、慧が自分で思ったことをやっていれば大丈夫だ。

4ヶ月しか慧を知らない俺だけど、そう思う。

慧は島から離れた場所でも、島で生まれ育った慧のままで、いられると思う」

「翔瑚に言ってもらえると、心強い」

「応援してる」


ちらりと一瞬だけ目を合わせて、笑みを浮かべる。


「それからもうひとつ。卒業するまでには、さくに、気持ちを伝えることだけはしようと思ってる。
さくのことだから、既に気づいてはいるんだろうけどな」

「……それも、応援してる」


お前が言うか、と、慧は笑いながら呟いた。
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