潮にのってきた彼女
俺が黙ってついていくと、とてもゆっくりと歩みを進める相手は中庭へ向かってゆき、花壇と菜園に面したベンチのあるところで立ち止まった。

グランドの声や、見物人たちが時折あげる歓声が、うっすらと聞こえた。校舎ひとつまたいで声が届く。
さっきの場所に比べると中庭は、涼しい代わりに乾いていた。


「座ろうか」


俺はペコリと頭を下げて従った。普段はあまり使われていない、ベニヤ板を張り合わせて作ったようなベンチはひと2人分の重さにうめいて音を立てる。


「いきなり驚かせてしまって悪かったね。しかし、僕も驚いたものでね」


いえ、と当たり障りのない返事をする。


「僕はね、あのチームの顧問の牧村だ。実際の指導をやってくれている先生は他にいるのだがね、おととしまでは私がその役目だったんだよ。
今では選手たちは、僕を名誉監督ということにしてくれているようなんだ」


監督、という言葉に体が少しだけ緊張する。


「良い、チームですね」

「そうかい」

「声が、よく出ていて。一瞬見ただけでしたけど。全員が、ひとつのボールを見ていて」

「なるほど。ありがたい言葉だね」


牧村さんは俺の方を向いて満足げに微笑んだ。


「僕が知っているのは、どちらかと言うと、投手としての君じゃない。
僕はね、この島の出身なんだ。そして静さん……君のおばあさんとは、昔馴染みなんだ」

「ばあちゃんと……!?」


体の下で、ベニヤがぎいっと音をたてた。
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