潮にのってきた彼女
「ああ。小さい頃に、何度か遊んだことがあった。ご近所さんとしてね。

昔話になるが、僕は若い時に島を出たんだ。君より2つか3つ、若いぐらいの時分に。

僕は長男ではなかったけれど、当時の考えではやはり、その年齢にもなれば家業を手伝うのが当たり前だった。

でも僕は、野球がどうしてもやりたくてね。親の反対を押し切って、ほとんど家出のような形だったよ。

それからずっと、連絡も取らずに……。
次に僕が家へ帰ったのは、父親の葬式の時だ」


ばあちゃんから、アクアの祖父と出会った時の話を聞いた時と、同じだった。

昔話を語る年をとった人々は、意識を過去へ飛ばす。当時の自分の姿を確認しながら話しているのだ。
でも身体は現在にあって、知らずに口は語る。

俺は何も言わずに耳を傾けた。


「母親は泣いていたが、お帰りと言ってくれた。
僕は何度も謝った。母にも父にも。兄弟にも。

通夜に来てくれていた静さんは、僕より3つ年上だ。
ふらふらと声をかけに行ったら……厳しい口調で、怒られた。

彼女はもうとっくに家庭を持っていて、身重だった。教師の職についたばかりの僕より10年も20年も大人のようだったよ。

すました口調になって帰ってきて、となじられた時には、いい大人のくせに、泣きそうになったねえ」


家庭を持っていたということは、既にその時のばあちゃんは、大切な人との悲しい別れを経験していた。

忘れられないひと夏を通して大人になった若い女性の厳しい表情が浮かぶ。

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